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覚悟と壁の向こう側 05

(胃と食道が裏返って、口から出て来そうだな、こりゃ……)

 内容物は吐き出し終わっているので、胃は空になっている筈なのに、収まらない嘔吐感に辟易し、朝霞は心の中で愚痴る。胃が空なら胃自体を吐き出すしか無いんじゃないかという、そんな感覚。

 酷い流行り感冒を拗らせたかの様に、頭痛と全身の筋肉の痛みは止まない。関節に至っては、四肢を別々の人間に、関節技をかけられているかの様に、軋み続けている。

(どれくらいだ、今?)

 自問するが、おそらく九分近くまでは達していないという程度しか、朝霞には分からない。休憩などを挟みながら、修行二日目の夕方まで、交魔法への挑戦を繰り返し、九分が近付いた辺りから、負荷が次第に軽くなり始めるのを、既に朝霞は六度は経験している。

 だが、負荷が軽くなり始めたせいで精神集中が弛み、その全てが九分台で、限界を迎えてしまっているのだ。それは朝霞だけでなく、朝霞とほぼ同じペースで九分台に達した神流や、二人には数度遅れたが、やはり九分台に達した幸手も、同様だった。

 負荷が軽くならないからこそ、九分には近付いていないと、朝霞は察しているのだ。体感的には、九分どころか一時間以上は過ぎている程なのだが、苦しい時間は長く感じるという奴なのだろうと、朝霞は理解している。

 過去の嫌な記憶が、フラッシュバックの様に脳裏に蘇って来る。苦しさを感じているせいで、関連する記憶が、ランダムに呼び起こされてでもいるのだろうかと、朝霞は考える。高熱を出して寝込んでいる時に見る悪夢に、良く似た感覚。

 フラッシュバックする記憶の中に、朝霞の仮面者の透破猫之神に似た物の姿が映る。灰色の石像……朝霞達の地元で、泥棒神社と呼ばれていた、透破猫神社にある、透破猫之神の石像だ。

 夕方らしい神社の境内、自分以外に誰もいない寂しい境内の光景、その景色の中に佇む透破猫之神の石像を、一人で見ていた時の記憶。寂寥感と孤独を感じさせる、ネガティブな記憶として、心の奥底に沈んでいたものが、引っ張り出されたらしい。

 朝霞にとって、孤独に胸が締め付けられる様な、悲しい感情と共にある記憶の一場面だ。久し振りに心に甦る、懐かしくも心苦しい記憶。

(友達に関する記憶は、全部消えてるから、残ってる記憶は……家族か、俺一人でいる時の記憶が多いんだよな)

 透破猫神社で、よく一人で遊んでいた記憶が、朝霞にはある。小学校の五年の終りから、六年の頃の記憶らしい。何かが切っ掛けで、その頃に不登校状態となり、小学校には通わず、一人で泥棒神社で遊んでいたり、家でネットゲームに興じたりしていたのを、朝霞は一応覚えている。

 一応というのは、何故不登校になったかのかは、覚えていないからだ。友人関係の記憶が全て消えているので、そのせいで覚えていないのだろう。親に訊いてみようとも思ったのだが、何度か躊躇って訊きそびれている内に、煙水晶界に来てしまい、そのままになっている。

(この記憶自体は、寂しくて悲しくて……嫌な記憶なんだろうが、それでも泥棒神社に通っていたのは、好きな場所だったんだろう、泥棒神社)

 悲しい記憶と共に、その悲しい記憶に付帯する記憶が、僅かに呼び起こされる。

(ああ、そうだ……あの頃の俺は、透破猫之神みたいに……なりたかったんだ)

 透破猫神社の祭神として祭られる、余り有名では無い透破猫之神に、自分が憧れていたのを、朝霞は思い出す。透破猫之神に関する伝説を、神社の人から聞いて、自分もそうなりたいと、願っていたのを。

 当時、不登校の頃にはまっていたオンラインゲームで、自分のプレイヤーネームとして、透破猫之神を使ったり、キャラメイキングで、使用キャラクターのビジュアルを、透破猫之神に似せたりもしていた。それらも、透破猫之神の様になりたいという、小学生時代の朝霞の願望が現れたものだろう。

 思い出として心の中に甦った、透破猫之神の石像に、朝霞は手を伸ばす。子供の頃に、そうした様に。現実には触れられる筈が無い透破猫之神の石像に、伸ばした手が触れた様な気がした……その瞬間、まるで背負っていた重荷の半分程が消え失せたかの如く、朝霞の負荷が軽くなった。

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