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覚悟と壁の向こう側 04

「貴女は関係者の方だから、聖盗なのは……歳下の彼氏さんの方よね?」

 シールドカードが封印されているのを確認してから、ポケットにしまいつつ、千鶴はティナヤに問いかける。大雑把にだが、ティナヤと朝霞について、ナイルから聞いているのだ。

 千鶴の問いに、ティナヤは少し躊躇いがちに頷く。大学では、そういう事にしているのだが、事実では無いので。

「大変でしょ、聖盗と付き合うのは?」

「そう……ですね」

「私も経験あるけど、色々と聖盗の活動を手伝わされるし、人に話せない秘密は増えるし……」

 やや言い難そうな口調で、千鶴は続ける。

「でも、何よりも辛いのは、何時か恋人が記憶を取り戻し、元の世界に戻ってしまうんじゃないかって不安を抱きながら、付き合わないといけない事よね……」

 千鶴の言った通り、元々は異世界の人間である聖盗を恋人とした、いや……聖盗に恋をした全ての者達は、そういった不安を常に抱き続ける運命にある。殆どの聖盗は、本来の目的である、自分の記憶を取り戻し終えたら、二時間以内に世界間鉄道に乗り、この世界を去ってしまうのだから。

「――教授は千鶴さんの為に、この世界に残ってくれたんですよね。羨ましいな」

 心の底からの羨望を込めた目で、千鶴を見詰めつつ、ティナヤは続ける。

「どうすれば、この世界に残ってもらえるのかな?」

「――それは、私にも分からないけど……私とダンナの場合に限って言えは、私がダンナの命を救った事が、有るからだと思う」

 やや照れくさそうに、頬を染めながら、千鶴は続ける。

「私も一応、魔術師で……主に紫水晶界の聖盗連中をサポートしていたんだけど、ダンナを含めた聖盗連中が、人知れず手強過ぎる相手と戦っていた時期に、ボロ負けしちゃってね、仲間を逃がす為に一人で奮戦したせいで、ダンナが死に掛けた事があったんだ」

(その相手って、香巴拉八部衆の二人の事なのかな?)

 ティナヤは推測するが、あえて問いかけたりはしない。おそらく千鶴は香巴拉について知っているだろうが、知らない可能性もある事を、考慮したのである。

「私……勘が良い方なんで、そのダンナの危機を察して、思わずダンナを助けに駆け付けたんだけど……あ、車でね! ダンナが車の運転下手なんで、上手い私が運転手担当してたから」

 恥ずかしさを誤魔化す為に、おどけた風に車のハンドルを操作するジェスチャーをしてから、千鶴は話を続ける。

「ダンナを車に乗せて、何とか逃げ切る事が出来たのよ。激しい追撃を受けたせいで、私は腕を一本、持ってかれたけど……命だけは助かったの、ダンナも私も」

 事も無げに千鶴が言ってのけたのを聞いて、ティナヤは自分の耳を疑い、思わず驚きの声を上げる。

「腕を一本?」

「分からないでしょ、義腕なのよ……左腕」

 気楽な口調の千鶴は、左袖をめくり、本物と全く見た目で区別がつかない左腕を、ティナヤの方に伸ばす。

「ダンナが色々な禁術駆使して作ってくれた、特別製なの。ダンナは政府の仕事とかを色々と手伝ってるんで、禁術使用は政府に見逃して貰えるから」

 夫に作ってもらった義腕の機能を自慢するかの様に、千鶴は手首や指先などを、自由自在に動かして見せる。

「この義腕が有れば、別に何も困りはしないんだけど、命を救われたのを恩義に感じたんだろうね。『俺が一生、お前の左腕の代わりになる!』とか言い出して、本当に……この世界に残ったのよ、自分の記憶を取り戻したのに、元の世界に戻らずに」

 大切な人を撫でるかの様に、自分の左の義腕を、千鶴は撫でる。

「ま、そんな訳で……イザという時には、命懸けで相手を守る位の覚悟でいるって事くらいかな、私が個人的に言えるのは」

 めくり上げていたトレーナーの左袖を、元に戻しながら、千鶴は続ける。

「聖盗のパートナーなら、そんな覚悟を示す機会が訪れる機会は、大抵あるだろうし、命懸けで愛してくれる相手を捨てられる様な男なら、愛した事自体が間違いだったって、諦めもつくでしょ」

「――かもしれませんね」

「逆に、相手が危機に瀕した時、自分が命懸けになれないんだとしたら、それは……相手の事を自分より大事だと思えない程度にしか、愛していないって自覚出来る訳だし、それはそれで……諦めがつくんじゃないかしら?」

 そんな機会が、おそらく自分にも訪れるだろうと、根拠は無いのに……何故か予感しながら、ティナヤは自問する。

(私は、それだけの覚悟……あるのかな?)

「貴女には、それだけの覚悟はある?」

 考えを見抜いたかの様な、千鶴の問いかけに、ティナヤは頷く。そして、嘘偽りの無い本音を、ティナヤは口にする。

「――元々、彼に救われた命ですから。もしも彼が命の危機に瀕するなら、私の全てを捧げ、救うつもりです」

「その覚悟、報われると良いわね」

 ティナヤが本音を口にしているのは、千鶴にも察せられた。愛する者の為に、命を賭す覚悟が有るティナヤの姿に、千鶴は眩しさを感じる。

 ただ、仄かにではあるが、千鶴は不吉な予感を、同時に覚えてしまう。理由が分からない、その不吉な予感に、千鶴は戸惑う……言葉や態度には出しはしないが。

「――お話、参考になりました。シールドカードの方、宜しくお願いします」

 丁寧に頭を下げると、ティナヤは千鶴に背を向け、ドアに向かって歩き出す。そして、ドアを開けて外に出ると、また軽く会釈してから、静かにドアを閉める。

 遠ざかって行くティナヤの足音を聞きつつ、千鶴はドアを複雑そうな表情で、見詰め続ける。得体の知れない、漠然とした不安感が、只の気のせいであればと、現実の物にならなければ良いなと、祈りながら……。



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