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覚悟と壁の向こう側 01

 ボゥ……という、何処か暴風が耳に障るのに似た音と共に、噴出した青い炎に、黒い透破猫之神の姿が包まれ、姿を消す。炎は僅かの間、地下のトレーニング場の中を青白く染める程に、青々と燃え上がってから、いきなり燃料が尽きたかの様に消え失せる。

 消えた炎の後に残されたのは、黒いタンクトップにスパッツという出で立ちの朝霞。意識を失い、白目を剥いている朝霞は、前のめりに倒れ始めている。

 コンクリートの床で、頭や身体を打ちそうになる直前で、駆け付けた神流が朝霞の身体を、抱きとめる。そして、抱き抱えて畳の上に運ぶ途中で、朝霞は軽く嗚咽する。

 だが、朝霞は吐いたりはしない。交魔法の修行二日目、朝霞は二度目の交魔法挑戦であり、一度目で胃の中の物は、既に吐き出し切ってしまっているからだ。

 神流は畳の上に朝霞を下ろし、活法を施そうとするが、その必要は無かった。

「――大丈夫、もう起きてる」

 活法を施す必要無しに、朝霞は自力で意識を回復していた。

「タイムは?」

 様子を見る為に近付いて来ていた幸手に、朝霞は起き上がりながら問いかける。

「八分五十七秒! 最長記録だね」

 最長記録と聞いた朝霞は、自分と同じ出で立ちの神流や幸手に向けて、ガッツポーズを決める。

「タイムも長かったし、回復も活法が要らないくらいに早かったな。他に何か変化はあったか?」

 神流の問いに、朝霞は頷く。

「失神する位に負荷がキツいのは、相変わらずだけど、最期の方……突然、嘘みたいに楽になって来たんだ」

 失神する直前の状態を思い出しながら、朝霞は続ける。

「いきなり楽になったせいで、逆に精神集中が途切れて、気を失った……みたいな感じだった」

「――壁が見えたって感じ?」

 今度は幸手が朝霞に、問いかける。壁というのは、交魔法の負荷に耐え切り、苦しさが殆ど無くなるという段階の事だ。誰が言い出したという訳では無いが、朝霞達の間で、その負荷に身体が慣れて強化され、苦痛が消える段階を、壁と言う様になったのである。

「まだ遠いけど、朧げながら……視界に入ったって感じかな」

 朝霞の返答を聞いて、幸手と神流の表情が明るくなる。嘔吐と失神を繰り返しながら、先が見えない苦しい修行を続けていた三人にとって、ようやく光明が射し始めたのだから、当然の反応と言える。

「十数分なら、今日中に何とかなるんじゃないのか?」

 神流の問いに、幸手は同意の言葉を口にする。

「案外、ティナヤっちが大学から戻って来る頃には、交魔法……成功しているかもしれないね」

 ティナヤの名前を聞いて、ふと思い出した様に、神流が呟く。

「ティナヤといえば、今朝……何だか機嫌が悪かった気がするんだが」

「確かに、妙に刺々しいオーラを放っていたよね。何かあったのかな?」

 首を横に振り、知らないという意思表示をしてから、神流は朝霞に問いかける。

「朝霞は、何か心当たり無い?」

「――無いよ」

 心当たりは有ったのだが、しれっとした表情でしらばっくれると、朝霞は言葉を続ける。

「修行続けないと、次……神流の番だろ」

「あ、そうだった!」

 神流は胸にぶら下げているミニボトルから、一粒の蒼玉粒を取り出し、右手に握る。そして、スパッツのポケットに、丸めて突っ込んでいた黒いソフト帽を取り出しつつ、コンクリートで覆われた所に歩いて行く。

 黒いソフト帽に、蒼玉粒で六芒星を描いて仮面に変えると、神流は仮面をかぶり、青い炎に包まれながら、布都怒志としての姿に変身する。

「――心当たり、有るでしょ?」

 神流が変身するのを、朝霞と並んで眺めていた幸手が、朝霞に問いかける。

「何の事?」

 惚ける朝霞に、幸手は質問を続ける。

「ティナヤっちが今朝、不機嫌だった理由」

「知らないよ、そんなの」

「――嘘。あの娘が朝霞っちの事以外で、機嫌悪くなる訳無いでしょ」

 幸手の疑いの言葉には応じず、朝霞は神流を右手で指差しつつ、告げる。

「始まるよ」

 朝霞の指先では、神流が額に煙水晶粒で、五芒星を描き終えていた。略式で乗矯術が発動し、五芒星から排気音と共に、大量の煙が放出され、朝霞達の方にも流れて来る。

 煙の中で、朝霞は腕時計のボタンを操作し、ストップウォッチ機能を作動させ、神流の交魔法の継続時間の計測を始める。神流のを計測するのは、朝霞の担当なのだ。

 空気に溶けて消えるのを待たず、最大出力で稼動している換気扇により、煙は地下室からどんどん排気され、程無く消え去ってしまう。煙が消えると、六芒星の角の一つに、五芒星が加えられた布都怒志が姿を現す。

 見た目では感じられないが、鎧の中にいる神流が、凄まじい負荷に苦しみ、耐えているのは、経験者である朝霞や幸手にも分かる。仲間が苦痛を味わっている時に、する類の話でもないだろうと考え、それ以上幸手も話を続けず、朝霞と共に仲間を見守り始める。



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