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煙る世界と聖なる泥棒 09

「女装趣味は、今回三十個だっけ? ソロでそれだけ回収出来りゃ、上出来だろ」


 朝霞に女装癖という嫌な徒名で呼ばれた、長髪の少年は、恥ずかしそうに顔を赤らめつつ、語気を強めて言い返す。


「だから、何度も言ってるけど、僕には女装趣味は無いから! 盗みに入る際、変装する必要が有る場合、女装する場合があるだけで!」

「その割りには、別に男に変装すりゃいい場面でも、女装ばっかしてた気がするが」


 色々な都合のせいで、朝霞は黒猫団としてではなく、単独で長髪の少年と、何度も聖盗として行動を共にした事がある。

 その際、長髪の少年が必要以上に女装していたのを、頻繁に目にしたが故の発言だ。


「まぁ、わらびっちは女装似合うし、女装趣味があっても、別に良いんじゃね」


 先程の神流同様、近くを通ったウエイトレスのトレイにグラスを置きながら、幸手は気楽な口調で言葉を続ける。


「むしろ、本当は女になりたいんだ的な、ディープなカミングアウトされた方が、色んな意味で納得が行く感じだし」

「いや、だから本当に僕は、女装趣味とか無いし、女になりたかったりもしない、性的にはノーマルな人間だから!」


 長髪の少年……宮代みやしろ蕨は、女装趣味などを否定するが、黒猫団の三人は疑惑の目を、蕨に向ける。

 無論、あくまで冗談めかした、この場での話を盛り上げる為といった感じではあるのだが。


 朝霞がソロと表現した通り、黒猫団というグループを組んでいる朝霞達とは違い、蕨は基本的に独りで活動している。

 一度に大量の蒼玉を回収する大仕事狙いの黒猫団とは違い、小規模な回収を地道に数こなすタイプの聖盗だ。


 黒猫団と蕨同様、バーの店内のあちこちで、楽しげな会話の花が咲いている。

 そんな楽しげな聖盗同士の会話が暫く続いて、ひと段落した頃合、誰かが声を上げる。


「――そろそろ、蒼玉片の消滅作業……始めないか?」


 誰もが口を閉じ、店内が数秒間……静寂に包まれる。空気が緊張で張り詰める中、反対の声は上がらない。


「反対の人はいないみたいだし、そうだね……そろそろ始めようか」


 静寂を破ったのは、蕨の言葉。蕨は今夜の会合において、仕切り役を担当する当番なのだ。


 当番は会合が始る直前に、ルーレットにより決められる。

 今回の会合前のルーレットで、蕨は当ってしまい、当番となったのである。


 元々、ルーレット台が置かれたテーブル近くで、黒猫達と話していた蕨は、数歩だけあるいてルーレット台の傍らに立つ。

 そして、ルーレット台の脇に置かれていた、照明の光を浴びて妖しく煌めく、蒼玉が五つ程に砕けた感じの大きさと形状の、蒼玉片の数を数えながら、口を開く。


「今回の蒼玉片は、二十一個。ここにいる皆の中から当たりが出ても、おかしくは無い数だね」

「当番決めのルーレットでも当ったし、案外……女装趣味が当たるんじゃないか?」


 緊張した空気を和らげようとした朝霞の軽口に、蕨も軽い口調で言葉を返す。


「だから僕には女装趣味は無いんだってば!」


 軽い笑いが店内に広がる中、蕨は蒼玉片を次々とルーレットのホイールのポケットに、入れ続ける。

 その光景を、店内にいる皆が見守っている。


 蒼玉が蒼玉片に変わっただけで、乾杯前に行われていたのと、殆どやっている事は同じ。

 だが、皆が喜ぶだけだった蒼玉の場合とは違い、蒼玉片を消滅させる作業は、その場にいる聖盗達にとって、基本は嬉しい行為ではあるのだが、不安な行為でもあるのだ。


 故に、蒼玉片を消す作業を行う、蕨を見詰める皆の表情は複雑である。


「じゃあ、回すよ」


 全ての蒼玉片をポケットに入れ終えた蕨は、ホイールの縁に手をかけ、ホイールを回し始める。

 そして、懐から取り出した煙水晶粒を、ホイールの回転とは逆向きに、ホイールの中に投げ込む。


 ホイールやルーレット台が、仄かな光を放ち始める。

 魔術機構が起動し、煙水晶粒は消費されて、黒煙を撒き散らしつつ一瞬で姿を消す。


 仄かな白い光に包まれている二十一個の蒼玉片は、青い光を放ち始め、その表面にはサンスクリット語に似た魔術文字による、魔術式が浮かび上がり始める。

 魔術式が全て浮かび上がった頃合に、ホイールから放射された稲光が、蒼玉片を包み込んだかと思うと、魔術式を全て粉砕……消滅させる。


 魔術式……つまり魔術を失った蒼玉片は、先程の蒼玉と同様、光の残像を残しつつ、消え失せて行く。

 ここで、蒼玉の時には起こらなかった事態が発生する。


 驚きの声が、店内に上がる。蕨の身体が、青い光に包まれ始めたのだ。


「――おい、まさか……本当に女装趣味が……当ったのか?」


 先程、自分が口にした冗談が、実現してしまった事に呆然としながらの、朝霞の言葉だ。

 その言葉通り、蕨は当っていたのである。


 光に包まれた蕨自身も、呆然とした顔をしていた。

 蕨を包み込む光自体は、全ての蒼玉片が消滅し、ホイールから光が消え失せて、回転が止まるのと同時に、消え失せた。


 感涙……そう表現するしかない涙を、光が消え失せた後の蕨は、流していた。

 失ってしまった大事な何かを取り戻した……そんな喜びに溢れ、感極まったという感じの表情。


「――戻ったのか、記憶?」


 朝霞の問いに蕨は、ただ黙って頷く。


「そうか、良かったな……おめでとう」


 蕨に歩み寄り、朝霞は抱き付いて、祝福の言葉をかける。

 他の……その場にいた聖盗達も、次々と蕨に近付き、祝福の言葉をかける。


 蒼玉片を消滅させる場合、その蒼玉片の中に、自分の記憶を結晶化した物が含まれていた者は、記憶を取り戻せる。

 今回は蕨の記憶が結晶化された蒼玉片が、消した蒼玉片の中に含まれていたのだ。


 奪われていた記憶を取り戻したのだから、それ自体は喜ばしいので、皆は祝福の言葉をかける。

 だが、喜ばしいだけではない、聖盗が記憶を取り戻すのは事実上、この世界から去り、生まれ育った世界に戻る事を意味している。


 つまり、この世界から去る蕨と、残される他の聖盗達は、もうすぐ別れなければならないのだ。

 蕨からすれば、この場にいる聖盗達だけではない、この十ヶ月近くの間、この世界で親しくなった全ての人達との別れが、決まったのである。


 中には元の世界に戻る選択肢を捨て、この世界での永住を決める者もいるが、殆どの者達は、生まれ育った世界に戻る方を選択する。

 蕨自身も、記憶を取り戻した場合は、元の世界に戻ると公言していた側の聖盗だった。


 左手を開くと、蕨は右手の指先で六芒星を描く。すると、左の掌から一枚の切符が、まるで手品の様に浮き出して来る。


 決して失くしてはいけない物なので、魔術で左手の中にしまってあった片道切符を右手で摘み、蕨は切符の表面の記述を確認する。

 切符には「世界間鉄道運営機構」という発行者の名と、「煙水晶界から蒼玉界ゆき」という乗車期間と、「記憶を取り戻してから二時間」という有効期限が印刷されている。


 壁にかかっている時計で、蕨が時間を確認すると、時間は午前二時四十分辺り。


「世界間鉄道の汽車は、一時間に一度……だいたい零分に出発するから、午前三時か四時出発の奴になるな」


 朝霞の言葉に、蕨は頷く。


「乗り損ねたら洒落にならないんで、念の為に三時ので発つ事にするよ」

「だったら、すぐに駅に向かった方がいいんじゃないか。今……ここを出れば、ギリギリ三時の汽車に間に合うだろうし」

「そうだな……そうさせて貰う」


 蕨は切符を左掌に戻すと、右手を懐に突っ込みつつ、続ける。


「部屋の後始末、頼んでいいか?」


 懐から部屋の鍵を取り出して、そう訊ねる蕨に、朝霞は頷いて鍵を受け取り、ポケットにしまう。

 この世界から元の世界に戻る際、基本的には身に着けている着衣くらいしか、持ち帰れないので、元の世界に戻る為に、この世界で暮らしている部屋に戻り、荷物を準備したりする必要は無い。


「――あ、部屋に残ってる煙水晶は、部屋の後始末を頼む礼と餞別を兼ねて、朝霞達にあげるから、他の道具とか含めて、好きに使ってくれ」

「そいつは有り難い」

「あと、これも……もう俺には必要が無いし」


 ジャケットの内ポケットから取り出した、メタル製のミニボトルを、蕨は朝霞に手渡す。中には、蒼玉粒が幾つか入ってる。


「助かるよ、こいつがあれば……聖盗の活動、休まずに済みそうだ」


 朝霞の礼の言葉を聞いてから、蕨は周りの皆に、声をかける。


「みんな、色々と世話になったな。僕は……そろそろ駅に行かないと」


 そんな蕨に、周りの皆から次々と声がかかる。


「おいおい、もう別れの挨拶とは、気が早いな」

「駅まで見送りに行くに決まってるだろ!」


 誰かが元の世界に戻る際、可能な限り、聖盗の仲間は駅まで見送りに行くのが通例。

 今回も蕨を見送る為に、皆はバーから駅に向かって、一斉に移動を始める。


 別れの寂しさを紛らわすかの様に、賑やかに会話の花を咲かせながら……。


    ×    ×    ×





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