月光の下で触れ合う魂と唇 06
文字通り……唇を六芒星に当てて、吸い込もうと施術者が思うのが、その吸い取る方法。額にキスするも同然の方法なので、朝霞は恥ずかしかったのである。
「じゃあ、吸い取るから」
照れているのを悟られない様に、意識して事務的な口調で、朝霞は続ける。
「少し、頭……下げて」
ティナヤの方が背が高いので、背伸びをしても、そのままでは朝霞にとって、ティナヤの額に口付けるのは難しいのだ。故に、頭の位置を下げる様に、頼んだのである。
素直に頷くと、ティナヤは膝を折り、頭の位置を下げる。朝霞が丁度、額にキスをし易い位に、頭の高さを合わせる。
月明かりの下、頬が染まるのに気付かれる程の、明るさではなくて良かったと思いながら、朝霞は極めて素っ気無い素振りで、ティナヤの額に唇を寄せる。そして、六芒星が仄かな光を放ったままの、ティナヤの額に口付ける。
(――そういえば、自分からするのは、珍しいな)
この世界に来てから、キスされる経験は数多いが、自分からした記憶が余り無いのに、朝霞は気付く。
(あ、いや……これキスじゃないし)
心の中で自分に言い訳をしつつ、薄く開いた唇から、深く静かに息を吸い込む。ティナヤの中で無駄に余った状態の自分の気が、自分の元に戻る様に願いながら。
願いながら吸うだけで、ティナヤの中に余った朝霞の気は、本来の持ち主の元に戻る。息を吸い込む、朝霞の唇を通じて。
二人が息をする音だけがする、静かな部屋の中。ティナヤの額に口付けたまま、朝霞は気を吸い込み続ける。静か過ぎると、高鳴る胸の鼓動まで、相手に聞こえてしまうのではないかと、朝霞は少しだけ不安になる。
額に口付けたのは、時間にすれば二分にも満たない、僅かな時間。それにも関わらず、とても長い時間が過ぎたかの様な感覚を覚えつつ、朝霞はティナヤから気を吸い終え、唇を離す。
「終わったよ」
額の六芒星が、既に光を放っていないのを確認しながら、朝霞はティナヤに告げる。
「――おでこにキスとか、意外と子供っぽいな、朝霞は」
朝霞を見上げながら、悪戯っぽい笑みを、ティナヤは浮かべる。
「いや、別に子供っぽく無いって! 今のは別に……」
今のは別に、キスじゃないから……と、朝霞は言おうとしたのだが、ティナヤが顔を寄せて来たのに驚き、言い終わる前に言葉が途切れてしまう。
「子供っぽく無いって言うなら、キスは唇にしないと……」
囁きと共に、唇から漏れる生温かい息が、肌を撫でる。窓から射し込む月光は、肌と唇に青みがかった色合いと共に、強い陰影を与え、普段とは違う不健全な色合いの艶を、醸し出させている。
夜に自室でティナヤにキスを迫られるのは、初めてでは無い。女の子に昼間とは違う顔を、夜に見せられる経験も、それなりに積んでいる。
だからと言って、慣れる様なものではない。胸は高鳴るし、戸惑う心は隠し切れずに、表情や動きのぎこちなさという形で表れ、曖昧な拒否の意志を示してしまう。
でも、ティナヤは退きはしない。朝霞の曖昧な拒否を、崩せるだろう囁きを、紡ぎ出そうと唇を開く。
「――昨日は私、色々と朝霞に……してあげたと思うんだけど」
朝霞の頭に、その色々な事が思い浮かんで来る。ナイルを紹介して貰ったり、交魔法の修行を手伝って貰ったりと、普段よりティナヤに世話になった事が、昨日は多かった気がし始める。
「御褒美を貰う資格、私にはあるんじゃないかな?」
囁きながら、ティナヤは朝霞の瞳を見詰める。月光に煌く大きな瞳は、逃げも誤魔化しも許さないとばかりに、真っ直ぐに朝霞の瞳を捉えている。
行動で正面から迫られ、陥落する理由を言葉で与えられ、朝霞の中で諦めに近い形で戸惑いが消え去る。ぎこちなさと同時に、曖昧な拒否のポーズが崩れて行く。
そんな朝霞の変化を察したのだろう、ティナヤは嬉しさとの中に、自尊心が満たされたかの様な誇らしさが、僅かに混ざった意味有り気な微笑みを浮かべつつ、触れんばかりに顔を寄せる。