月光の下で触れ合う魂と唇 05
「次は……リンクを繋ぐ準備だ」
初めて扱う魔術式を、上手く定着させられた事に安堵しつつ、朝霞は次の段階に進む。二つ目の蒼玉粒を使い、キャスケットに六芒星を書き込んで、仮面に変える。これは慣れたもので、素早く終わらせる。
だが、朝霞は仮面を自分ではかぶらずに、仮面の表側の額にある六芒星を、自分の額に近付ける。すると、仮面の六芒星はネオン管で描かれているかの様に、青い光を放ち始める。
その光に反応し、朝霞の額にも青く光る六芒星が、浮き上がり始める。朝霞の頭蓋骨の額に定着している、仮面者となる為の魔術式が強力な光を放ち始め、皮膚を通して浮かび上がって見えるのだ。
続いて、朝霞はティナヤの額に、仮面の六芒星を近付ける。すると、朝霞同様に額に六芒星が浮き上がり始める。ただし、こちらはソウル・リンクの魔術式の物だが。
一メートルに満たない間合いを開け、額の六芒星を光らせ、朝霞とティナヤは向き合う。朝霞は仮面の表をティナヤに向けたまま、向き合う二人の合間に移動させる。丁度、朝霞とティナヤ、そして仮面の六芒星が、一列に並ぶ感じに。
「繋ぐよ……」
朝霞が呟いた直後、その額の六芒星から、レーザー光線の様な青い光条が放たれ、仮面の六芒星を通過し、ティナヤの額の六芒星に照射される。部屋を漂う埃までも煌かせる程度に、その光は明るい。
「――あッ!」
頭の中を弄られるかの様な、経験の無い感覚に、ティナヤは驚き戸惑い、声を漏らす。苦痛は無い、ただ普通なら決して触れられる筈の無い頭の中を、触られる様な妙な感じを、覚えただけである。
そして、その感覚が続いた数十秒間……ティナヤの脳裏に、これまで目にした事が無いイメージが、幻燈の様に浮かび上がっては消えて行く。東瀛州の街には似ているが、明らかに機械的な物が多く、高層建築物が林立している街の景色や、目にした事が無い不思議な機械、出会った事が無い人達のイメージなどだ。
ティナヤはすぐに察する、それらのイメージは、朝霞の頭から流れ込んで来た、蒼玉界で朝霞が目にしたものなのだと。
「朝霞が生まれ育った街や、出会った人達なのかな? 見えるよ……蒼玉界の、色々なものが」
ソウル・リンクを行う際、気の経路に付着した記憶が、僅かに流れ込むと、朝霞だけでなく、ティナヤもナイルに聞いていた。朝霞の方からティナヤに経路を繋ぐ為、ティナヤの記憶が朝霞に流れ込む事は無い。
(変な記憶が、バニラの方に行かないといいんだけど……)
心の中で、そうならない様に祈りながら、朝霞はソウル・リンクの施術を進める。記憶が流入する段階に至ったという事は、既にリンク自体は繋がった事を意味しているのだ。
繋がったリンクは、どちらかが死ぬまで切れたりはしない。二人の六芒星の間にある仮面を退ければ、今はこの世界の空間を通じて繋がっているソウル・リンクは、霊的な世界に自動的に移動する。
霊的な世界に移動したソウル・リンクは、この世界の人間には知覚出来ぬ状態になったまま、どれだけの距離が開いても、別の世界に移動しても、その繋がりは切れはしない。
(既に繋がっているのは確実、もう仮面を退けても構わないだろう)
そう判断した朝霞は、左手に持つ仮面を、二人の間から退ける。すると、二人の六芒星を繋いでいた青い光条が、空気に溶ける様に消え失せ、部屋は元の暗さを取り戻す。ソウル・リンクが霊的な世界に移動したのだ。
これで、ソウル・リンクの施術は終了した。二人を繋ぐ光条は消え失せたし、朝霞の額の六芒星も、既に消え失せている。
だが、ティナヤの額の六芒星は、まだ仄かではあるが、青い光を放ったままだった。
「――少し、残っちゃったみたいだ」
ナイルのメモにも記してあったのだが、施術が終わった後、施術に不要な量の気が移された結果、施術を受けた側の魔術式が、光ったままになる場合があるのだ。朝霞の言う「残っちゃった」というのは、自分の気が過剰にティナヤに残されたという意味である。
「こういう場合、たまに害になる場合があるから、施術した俺が吸い取って、自分に戻した方が良いんだったな」
メモの記述を思い出しつつ、朝霞は呟く。そして、その吸い取る方法が微妙に恥ずかしい方法だったのを思い出し、恥ずかしさを覚える。