月光の下で触れ合う魂と唇 04
朝霞は枕元に置いてあるミニボトルから、蒼玉粒を二つ取り出す。蒼玉粒を分ける際、ソウル・リンクに使う為、二粒は別枠でキープしておいたのだ。
「ベッドから下りて」
自分もベッドから下りつつ、朝霞はティナヤに指示を出す。ベッドの上でも出来ない訳では無いのだが、ソウル・リンクの魔術式を記述するのは初めてなので、揺れ易いベッドの上より、床の上で行った方が良いだろうと考えたが故である。
壁にかけてある黒いキャスケットを手に取り、床の上に放り投げてあった青いツナギのポケットから、メモを取り出すと、朝霞はベッドから下りたティナヤの前に立つ。場所は窓の近く、月明かりの下、二人は立って向かい合う。
(目が慣れたんだろう、月明かりだけで十分に見えるし、これで照明とか点けたら、むしろ見え過ぎて……やり難そうだな)
何が見え過ぎるのかと言えば、肌も露な艶っぽいティナヤの肢体だ。魔術を施すのに問題は無い程度に見えるので、朝霞は照明は点さず、月明かりの下でソウル・リンクをティナヤに施す事にする。
「始めるよ」
少しだけ緊張した面持ちのティナヤが頷いたので、朝霞はソウル・リンクの施術を開始する。まずは左手で持ったメモに記してある、ソウル・リンクの魔術式を、ティナヤの顔に書き込む事から、施術は始まる。
大学で使われるノートのページの一面だけでなく、裏面の半分程を使って書き込まれた魔術式は長く、ティナヤの顔だけでは収まり切らない。頭から首……胸元と、魔術式を書き込む朝霞の手は、下に下りて行く。
だが、Tシャツの襟元から露になっている胸元だけでは、魔術式を書き終わらない。朝霞は恥ずかしさを覚えつつ、意識して事務的な口調で、ティナヤに求める。
「――ちょっとTシャツ、脱いでくれない?」
「胸……見たいのかな?」
からかう様な口調で、ティナヤは朝霞に問いかける。
「仕方なくだよ! 魔術式書き込む肌が、足りないの!」
夜なので目立たないが、頬を染めながら、朝霞は強い口調で否定する。
「ま……別に私は、構わないんだけど」
暗さのせいで見た目では分からないが、ティナヤも頬を染めつつTシャツを脱ぎ、ベッドの上に放る。その動きのせいで、月光に照らされた胸が、艶っぽく揺れる。
その後も、ティナヤの呼吸に合わせて、自然に揺れる胸を直接は見ないように心がけながら、朝霞は魔術式の続きを、胸元や肩……二の腕などに書き込んで行く。無論、胸の膨らんだ部分には、書き込んだりはしない。
くすぐったいのだろう、時折……身体を揺するティナヤのせいで、書き損じそうになりながら。
「耳無し法一みたいだな、まるで……」
知らない言葉が朝霞の口から出て来たので、ティナヤは問いかける。
「何、それ?」
「蒼玉界の昔話。法一って人を守る為に、魔術で言えば魔術式みたいな呪文を、全身に書き込むんだけど、うっかり耳だけ書き忘れたせいで、耳を魔物とかに奪われて、耳無しになっちゃう、蒼玉界の昔話」
「へぇ……だったら私、胸……奪われちゃうね」
悪戯っぽい笑みを浮かべつつ、ティナヤは続ける。
「朝霞が胸に、書き忘れてるせいで」
「わざとだよ……忘れてるんじゃなくて」
呟きながら、ティナヤの右の二の腕辺りで、魔術式の殆どを書き終えた朝霞は、メモの魔術式とティナヤに書き込んだ魔術式を見比べ、正しいかどうか確認する。
「――これで、合ってる筈だ。後は、六芒星で……」
確認を終えた朝霞は、右手をティナヤの額に移動させ、手際良く六芒星を書き込む。すると、筆としていた蒼玉粒は空気に溶ける様に消え失せ、魔術式の文字列が六芒星に吸い込まれ始め、六芒星自体以外を全て吸い込んだ後、六芒星は青い光を放ち始める。
眩い程の光を放つ六芒星は、額に溶け込む様に、その姿を消し始める。魔術式がティナヤの頭蓋骨の額辺りに定着し、頭蓋骨が事実上の魔術機構と化したのだ。定着すると、光は完全に消えてしまう。
「魔術式の定着には成功した」
成功という言葉を耳にして、ティナヤは安堵の表情を浮かべる。施術する朝霞だけでなく、受ける側のティナヤも、緊張していたのだ。