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月光の下で触れ合う魂と唇 03

「あ、だからか……」

 何かに気付いたかの様に、朝霞は続ける。

「あの白い薔薇の娘とか、変な話をしていた男が、自決した時の光景を……俺は出来るだけ思い出したくなかったんだ。だから、あの悪夢の様な光景と共に、あの男に関連する記憶を……記憶の奥底に沈めて、無意識の内に封じ込めてたんじゃないだろうか?」

 あの謎の男が、自分を燃やして自決した事実は、単なるデータとして、普通に思い出せる浅いレベルに記憶されていたが、凄惨な光景の方は、記憶の奥底の方に沈められて、思い出し難くなっていた。

 そして、男が死に際に白い薔薇の娘について触れた為、白い薔薇の娘に関する会話自体も、関連する記憶として巻き込まれる形で、共に記憶の奥底に沈んでいたのではというのが、朝霞の推測だった。

「――そうかも知れない。私も……あの光景は、出来れば思い出したくも無いし」

 ティナヤは自分で自分を抱き締める様に、胸の前で腕を組む。何かから自分を守りたいと考えている人間が、無意識的に取るポーズの一つだ。

「でも、だとしたら何で夢で、思い出したんだろう?」

 そんなティナヤの疑問に、朝霞は日本にいた頃に得た知識を思い出し、答を出してみる。無論、全て推測の域を出ないのだが。

「夢を見ている時……人間って残すべき記憶と消去すべき記憶の、取捨選択をおこなってるっていう、夢について研究している学者の説が、蒼玉界にはあったんだ。あの時に関する記憶を全て、夢の中に引っ張り出して、その上で取捨選択を行い、捨てられなかった記憶だから、夢として見て覚えているまま目覚めた……のかも」

「じゃあ、あの……私が白い薔薇の娘だって、あの男が言っていた話は、忘れちゃいけない重要な記憶だって事なのかな?」

「そうなるね、まぁ……推測に過ぎないんだけど。一応、ナイル教授に話しておいた方が、いいかもな、白い薔薇の娘の話」

「だったら、私が明日……じゃなくて今日、教授に話して来るよ。何処かに行くって言ってたから、まだ戻っていなくて、大学にいないかもしれないけど」

「じゃあ、ナイル教授の方は、バニラに頼むよ。俺達は交魔法の修行があるし」

 既に朝霞は落ち着きを取り戻したので、呼び方はバニラに戻っている。

「だから、バニラじゃなくてティナヤだってば」

 そう言うと、ティナヤは不満そうに口を尖らす。ティナヤの方も話している内に、男が自決した際の光景を思い出し、覚えた恐怖心が薄れたのだろう、不安げな腕組みを解いている。

 ナイルの事を思い出した後、そんなティナヤの様子を目にした朝霞は、思い出す。ナイルから教わった、ティナヤに施さなければならない魔術について。

「あ、そうだ! ソウル・リンクを、バニラに施さないと!」

 ソウル・リンクこそが、ナイルに教わった波羅蜜多転法輪を防ぐ、聖盗だけが使えるソロモン式魔術だ。仮面者に変身する為の仮面を使い、術者の性質の一部を移して、煙水晶界の人間に、別世界の人間の属性を僅かに付加し、波羅蜜多転法輪の発動を防ぐ魔術であり、純粋なる煙水晶界の人間でしか発動しない、波羅蜜多転法輪の性質を利用している。

 この場合の性質とは、人間の魂……魂魄の性質を意味している。煙水晶界には様々な世界から訪れた者達が暮らしていて、肉体的には基本的に差が無く、生殖なども可能だ。

 それでも、作り出す記憶結晶の色や性質が異なるのは、人間の精神の核といえる魂魄(いわゆる魂)の性質の影響だと、考えられている。出身世界が違うと、魂魄の性質が微妙に異なるのである。あくまで微妙に異なるだけで、どれが勝りどれが劣るという意味では無い。

 魂魄の魂は精神の本体であり、魄は気やライフフォースと呼ばれる、生命エネルギーの集合体で、魂と肉体を繋ぐユニットの様な存在。魔術師が自分の魄と、煙水晶界の人間の魄を、霊的な経路を通して繋いでしまう魔術が、ソウル・リンク。

 魔術師とソウル・リンクした者は、魄の繋がりを通じて、魂魄が魔術師の気の保護を受ける。故に、純粋なる煙水晶界の人間の魂魄でなければ発動しない、波羅蜜多転法輪による八部衆化を、防げる訳だ。他世界の人間とソウル・リンクした煙水晶界の人間は、香巴拉の人間にとっては、純粋な魂魄の持ち主とは言えないのである。

 聖盗の側も保護される煙水晶界の人間も、一度に一人相手にしか、ソウル・リンクで繋がる事が出来ないが、ソウル・リンクしたペアの人間それぞれには、基本的には大きなデメリットは無い。だが、お互いの記憶を覗けてしまう場合が、ごくたまに有るらしい。それがデメリットといえば、デメリットになる場合もあるだろう。

 例え聖盗が元の世界に戻ろうが、霊的な次元を通して繋がるソウル・リンクは切れはしない。だが、ソウル・リンクは魔術師が死ねば、リンクが切れて効力を失う。

 こういったソウル・リンクに関する話は、朝霞とナイルの話を傍で聞いていたので、ティナヤも知っている。ソウル・リンクについて、ティナヤに改めて説明する必要は無い。

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