月光の下で触れ合う魂と唇 02
「確かに、珍しくは無いといえば、そうなのかもしれないけど、流石に裸でってのは余り無いでしょ! 何で裸なの?」
語気を強めて、朝霞は問いかける。
「――自分の部屋のベッドに寝転がって眠ろうとしたら、バスルームでの事が気になり始めちゃって……」
「バスルームでの事?」
「幸手と神流は、裸で朝霞を抱き締めて、胸に朝霞の顔……押し付けてたじゃない」
朝霞の頭に、バスルームでの出来事が甦る。確かに裸の幸手と神流に、胸を顔に押し付けられる様な形で、抱き締められていたのだ。
「私だけ……してないの、不公平じゃないのかな?」
「いや、あの……不公平とか、そういう問題?」
「そういう問題」
当然だと言わんばかりの口調で、ティナヤは続ける。
「――その事が気になったから、私も同じ事をしようかなーと思って、朝霞の部屋に来たら、もう朝霞……眠ってたんだ。だから、裸になって……眠ってる朝霞を抱き締めてたら、眠くなって来たんで……」
「そのまま眠った……と?」
朝霞の問いに、ティナヤは頷く。
「胸から……何かバニラアイスの匂いがしたんだけど?」
「お風呂上りにアイス食べた時に、溶けたのが胸に垂れたからだと思う。拭いたんだけど、匂いが残ってたのかな」
色々な疑問が解消した朝霞は、神流や幸手に張り合って、ティナヤが取った大胆な行動に呆れつつ、深く溜息を吐き、心を落ち着かせてから、呟いた。
「そのバニラの匂いのせいで、あんな夢みたのか……」
「あんな夢って?」
問いに答えようと、ティナヤの方に目線をうっかり移動させた朝霞は、月光に青白く浮かび上がる、艶っぽい肢体を目にしてしまい、慌てて目線を逸らす。
「まぁ、取りあえず……何か着てくれ。俺の部屋なのに、目のやり場に困るから」
「――見たければ遠慮しないで、見てくれていいのに」
「着ないなら、俺が他所で寝るから!」
そう朝霞に言われたティナヤは、緩慢な動きでベッドの脇に脱ぎ捨ててあった服を拾うと、渋々と身に着け始める。服と言っても、白いショーツにTシャツというラフ過ぎるもので、身につけても十分に艶っぽい姿ではあるのだが。
(まぁ、それでも……上も下も、一応は隠れてるだけマシか。俺も似た様な格好だし)
朝霞自身も、黒いTシャツにトランクスという、ラフな過ぎる格好をしていたので、ティナヤの格好を、どうこう言える資格は無い。艶姿を変に意識したり、心を捉われたりしない様に自制しつつ、朝霞はティナヤとの会話を続ける。
「――あんな夢ってのは、ティナヤと初めて会った夜の事だよ。あの時の事を、さっきまで夢で見ていたんだ」
ティナヤは朝霞の言葉を耳にすると、目を見開き、驚きの声を上げる。
「本当? 私も……あの時の夢見てたんだ! 凄い……偶然だね」
「偶然……じゃないと思う」
二人が出会った、あの時のエピソードに関わる出来事が、昨日は幾つかあったのを思い出したので、朝霞には偶然だとは思えなかったのだ。
「昨日、八部衆の緊那羅らしい奴が、あの時の事を本屋通りで訊き回っていたり、塗炭通りを調べていたのを目撃したり、その事についてナイル教授に話した時、ついでに俺とティナヤが出会った時の事を話したりしたから、その影響なんじゃないかな?」
ティナヤは成る程とばかりに、頷いてみせる。ティナヤも朝霞から緊那羅の話は聞いていたし、朝霞と共にナイルに、黒衣の男達に襲われた時の話をしていたので、朝霞の分析に説得力を感じたのだ。
「――夢を見て気付いたんだけど、俺……あの日の事を、かなり忘れてたみたいだ。ナイル教授に話した時には、薔薇についての話とか、思い出しもしなかったし」
「私も夢で見て、思い出したよ。私の事……白い薔薇の娘とか、訳の分からない呼び方してたよね、あの変な人。何で忘れてたんだろう?」
「まぁ、人間の記憶って……いい加減な物だからな。事件の目撃証言とか、余り当てにならないものらしいし」
朝霞は忘れていた記憶を、頭の中で整理してみる。すると、忘れていた記憶の多くが、リーダーらしき男の発言であった事に気付く。そして、それらの記憶と共に、思い出したくも無い嫌な記憶……ティナヤと共に目にした筈の、リーダーらしき男が目の前で自らに火を放ち、燃え上がりながら死んでいく、悪夢の様な光景を思い出す。
その光景は、思い出すだけでも恐ろしく、不快な気分になるもので、出来れば記憶から消したい種類の記憶であった。朝霞にとって、精神的外傷に近い経験だったのだ。




