ティナヤとの出会いと初めての実戦 10
(来たッ!)
二つの火球がティナヤに当たる様なら、身をもって防ぐつもりで、朝霞は火球の弾道を見切ろうとする。既にティナヤと朝霞の距離は離れているので、朝霞が火球を受け止めても、ティナヤに炎が届きはしない。
見切ろうとした朝霞は気付く……火球の狙いが、自分でもティナヤでも無い事に。二つの火球は朝霞では無く、二人の黒衣の男に向かって、飛んで行ったのだ。その二人とは、朝霞が与える黒で、動きを封じた黒衣の男達である。
身動きが出来ない黒衣の男達……二人の身体は、火球の直撃を受けると、あっという間に夕焼け空の如く鮮やかな色合いの炎に包まれ、断末魔を夜空に響かせながら、人型の松明であるかの様に、激しく燃え上がる。
(え? 仲間に?)
朝霞が驚き、呆然とする最中、更に辺りでは次々と断末魔や絶叫を上げながら、黒衣の男達が燃え上がり始める。リーダーらしき男が、彼等に火球を放った訳では無いのに。
再び火球を……今度は右掌だけで作り出し始めた、リーダーらしき男を警戒しながらの為、燃え上がる他の黒衣の男達を、朝霞はチラ見する事しか出来ないので、どうなっているのか神流達に問いかけてみる。
「――そっち、どうなってるんだ? 何で燃えてる?」
「こいつら……自分で自分に火を放って、燃え始めたんだ!」
朝霞同様に驚いているのだろう、狼狽する様子が伝わる声で、神流が答える。通常、魔術師が魔術で発生させた炎は、魔術師本人には無害だが、本人が望めば、本人の身体も害する事が出来る。
「――いわゆる、自決って奴みたい」
既に断末魔も絶叫も、全て止んでいる。炎は消えていないが、燃えている黒衣の男達は、絶命し屍となり、炎を燃やす燃料となっていた。暫くすれば、何の証拠も残さずに燃え尽きるだろう。
「自決……だから、自分で火を放てない……自決出来ない二人を、焼き殺した訳か」
リーダーらしき男が攻撃した二人は、朝霞が魔術式を上書きして、魔術機構と動きを封じた二人だった。つまり、二人は他の者達と違い自決出来ない為、リーダーらしき男が殺したのだと、朝霞は悟った。
「自決とか、一体お前ら……何考えていやがるんだよ?」
その問いには答えず、不敵な笑みを浮かべながら、リーダーらしき男は右掌の火球を放たず、自らの腹部に火球を押し付ける、あたかも腹を切る武士でもあるかの様に。
「小僧……貴様が聖盗である以上、何時か……その白い薔薇の娘を助けた事を、後悔する日が来るであろう!」
言葉を続けながら、自らの身体を害する様にしたのか、火球の炎はリーダーらしき黒衣の男の身体を、燃やし始める。
「安易に情に流された、己が若さと未熟さを、その時……思い知るが良いッ!」
そう語り終えた直後、男の全身は完全に炎に包まれ、燃え上がる。他の黒衣の者達とは違い、断末魔の絶叫を上げなかった事が、その異常性と狂気を、より際立たせる。
呆然と、ただ呆然と……朝霞達は焚き火を囲んでいるかの様に、燃え上がる黒衣の男達の姿を、無言で眺め続けた。人が死ぬ場面など目にした経験が無い朝霞達にとっては、忘れてしまいたい、悪夢の様な光景であり、どう反応したものなのか、心も身体も戸惑っているという感じ。
そんな朝霞に自分を取り戻させたのは、少女がパトカーのサイレンと言った音。喧しい程の音量を夜空に響き渡らせつつ、パトカーが塗炭通りの近くまで、近付いて来たのだ。
「そうだ! 逃げないと! 俺達は基本、聖盗としての活動以外じゃ、仮面者の力は使ったらまずいんだった!」
聖盗としての活動を行う場合は、世界間鉄道運営機構とエリシオン政府の協定により、聖盗は禁術扱いであるソロモン式の魔術の使用が、例外的に認められる。だが、今回は人助けではあっても、聖盗としての活動では無い為、警察に知られると厄介な事になりかねないと、朝霞は考えた。
朝霞の言葉を聞いて、神流と幸手もはっとした表情を浮かべる。
「荷物取ってくる。二人のもついでに」
塗炭通りの端に向かって、神流は駆け出す。三人共、朝霞が身を隠していたドラム缶の近くに、世界間鉄道運営機構から支給された、様々な物が入った鞄を置いて、参戦していたのだ。
朝霞と幸手の礼の言葉を背に受け、神流は走り去る。