ティナヤとの出会いと初めての実戦 07
朝霞の左腕を弾き飛ばしたのは、朝霞とリーダーらしき男の間に、タックルする様な形で割り込んで来た、黒衣を着た青年。リーダーらしき男を守る為に、朝霞の左腕を狙い、タックルして来たのである。
何らかの魔術を使い、黒衣の青年は移動スピードを増しているのだろう、タックルの衝撃は相当な物で、朝霞の左腕は衝撃と負荷で軋む。仮面者姿でなければ、骨が折れたどころか、腕ごと千切れていたかもしれない。
そして、リーダーらしき男から左手が離れた状態で、与える黒が発動する。当然、リーダーらしき男の動きを封じるのは無理だが、代わりにタックルにより左腕に触れる状態となった黒衣の青年の身体を、六芒星から放たれた黒い閃光が、稲妻の様に駆け巡る。
悲鳴を上げる黒衣の青年の身体に、閃光に続いて現れた魔術式が、蛇の様に絡み付く。そして、黒衣の青年の身体の各所に仕掛けられた魔術式を上書きし、その身体の自由を完全に奪ってしまう。
だが、強烈なタックルを食らった朝霞も、数メートル吹っ飛ばされ、地面の上を転がってしまった。そんな状況でも、しがみ付いたまま離れない少女を背にしたまま、朝霞は即座に起き上がり始める。
「良くやった! これで小僧は、左手の能力を使えなくなった筈!」
リーダーらしき男は、身を守ってくれた黒衣の青年を褒めつつ、右腕に仕込まれている炎を操る魔術機構を発動させ、右掌の上に火球を発生させる。火球はすぐに大きさと明るさを増し、バスケットボール大の大きさになる。
「後は、この聖盗ごと……白い薔薇の娘を、焼き殺せッ!」
他の者達に指示を出しながら、リーダーらしき男は朝霞と少女に向けて、火球を投げつけようと、右手を振り上げる。
(やばい! 俺は耐えられるかもしれないが、この子は焼かれちまう!)
起き上がりながら、何か手は無いか、朝霞は必死で頭を巡らす。タックルのダメージのせいで、起き上がるのが遅れた為、飛び退くのは難しい。
身体を盾にしても、黒衣の男達が使う火球は炎が広がる為、朝霞は無事でも背中の少女は、焼き尽くされる可能性が高い。この場でかわしても、炎の広がる範囲が広い為、おそらく炎を避け切れはしないだろう。
頭を巡らせても、少女を守り切る選択肢を、朝霞は思い付かない。手詰まりといえる状況に、朝霞は追い込まれてしまっていた。
(駄目だ……手が無い!)
朝霞が心の中で叫んだ直後、勝ち誇った様な表情を浮かべ、火球を投げ付けようとしていたリーダーらしき男の右掌の上で、爆発音を響かせつつ、火球が破裂する。まるで、水風船の様に火球は弾け飛び、水の代わりに周囲に大量の火を撒き散らす。
火の殆どは、驚きの表情に変わったリーダーらしき男に降りかかる。だが、炎属性の攻撃魔術で発生した炎は、発生させた本人には害を与えない為、リーダーらしき男はダメージを受けはしない。無論、自分の火球を突然、破壊された事に驚いてはいたが。
火花の幾つかは、朝霞の方向に飛んで来たが、少量だったので、朝霞は身体で受け止め、背中にしがみついている少女を守る事が出来た。仮面者の着衣が少しだけ焼けたのか、焦げた臭いが鼻をつく。
更に、あちらこちらで黒衣の男達の悲鳴が上がる。リーダーらしき男の指示に従い、火球を作り出していた男達が三人程、まとめて吹っ飛ばされてしまったのだ。まるでいきなり、狭い範囲に限って、旋風の様な暴風が吹き荒れたかの様に。
暴風の余波らしき、突風レベルの風が、朝霞達の方にも吹き寄せて来る。少女の髪の毛が風に踊り、埃だけでなく壊れた塗炭の破片などが、突風に吹き飛ばされて行く。
(た、助かった……けど、一体何が?)
手詰まりだと思った状況から救われた朝霞は、とりあえず突然の旋風が現れたと思われる方向に目をやる。その方向は塗炭通りの端、少し前に朝霞自身が身を隠していた、錆びたドラム缶がある方向だった。
そして、朝霞は気付く、自分が誰に救われたのか。
「そういえば、俺……一人じゃなかったんだ」
大事な事を忘れていたのに気付き、感慨深げに呟いた朝霞の表情は、僅かに弛む……嬉しげに。