ティナヤとの出会いと初めての実戦 01
あちらこちらから立ち上る煙が、風に流され夜空に溶けている、夜の天橋市。その旧市街地近くの寂れた一角で、甲高い女性の悲鳴が、闇夜を切り裂いた。それを切っ掛けに、静まっていた夜の空気が、ざわめき始める。
ざわめき始めたのは、夜の空気だけではない。この世界を訪れたばかりの異邦人達、神流と幸手……そして朝霞の心も同じだ。バスを乗り間違えた結果、徒歩で旧市街に向かって歩いている途中、三人は悲鳴を耳にしたのだ。
「――どうする?」
神流は朝霞に、問いかける。幸手も声には出さないが、朝霞の意志を問う様に、朝霞の顔を覗き込む。
この世界に、真っ先に来る事を決めたのが、朝霞だった行きがかり上、何となく朝霞が三人のリーダー格という感じに、なりつつあったのだ。世界間鉄道での移動中や、この世界に来て共に過ごした時間の間に。
朝霞は二人に答えもせずに、悲鳴が響いて来た方向に向かって、駆け出し始める。どんな状況だか分かりはしないし、助けるべきか……助けられるかどうかも分からないが、明らかに誰かが危機に陥っていると気付きながら、朝霞は無視など出来なかった。
そんな朝霞に引き摺られる形で、神流と幸手も後を追いかけ始める。三人は程無く、寂れた下町風の街並の中でも、一際寂れ……捨てられたかの様な場所に、辿り着く。
建物の外壁や仕切りの壁の多くに、赤茶色の塗炭が使われている、その通りが塗炭通りと呼ばれているのを、後に朝霞達は知る事になる。
(悲鳴はたぶん、この通りの辺りから響いて来た筈だが……)
放置されている、錆だらけのドラム缶に身を隠しながら、朝霞は塗炭通りの様子を窺う。悲鳴の主だけでなく、悲鳴を上げさせた相手の存在を、警戒しているからだ。
様子を窺う朝霞の目に映ったのは、明るくは無い街灯に照らされている、寂れた塗炭通りで、白い半袖のワンピースに身を包んだ、金色のポニーテールが印象的な少女を、十人の黒衣の男達が、塗炭の壁に追い込む様に、取り囲んでいる光景だった。無論、悲鳴を上げたのが、その少女であるのは明らか。
恐怖に歪んだ表情を浮かべながら、少女は助けを求める叫び声を上げたいのだろう、意味のある言葉を口にしようとはしているが、まともな言葉にはならず、悲鳴に化けているという感じ。身を守る為だろう、少女は皮製の鞄を盾の様に持ち、身構えている。
だが、そんな鞄で防げる程に、少女に襲い掛かろうとしている危機は、生易しくは無かった。
(あれは……炎属性の攻撃魔術!)
黒衣の男達はバスケットボール大の炎の玉……火球を、手にしていた。世界間鉄道での移動中、魔術に関する講義を受けていた朝霞は、黒衣の男達が炎属性の攻撃魔術で、少女を攻撃しようとしているのを、一目見て理解した。
(あんなもん食らったら、死体も残らずに消し炭になっちまう!)
何故、黒衣の男達が少女を襲おうとしているのか、少女と黒衣の男達の、どちらが正しいのか、朝霞には分からない。だが、殺されそうになっている少女を、見過ごす訳にも行かない。
(とりあえず、守った上で……状況を確認すればいい! 死んでからじゃ、確認も出来ない!)
経緯は不明だが、朝霞は助けに入る決意を、一瞬で固める。状況が分からぬまま、他人同士のトラブルに介入すべきかどうか迷った、神流や幸手と違い。
疾風の様な速さで、朝霞は黒衣の男達に襲い掛かると、次々と男達の足を払い、転ばせて行く。奇襲だった上、素早さや機動性の方面で、大胆に潜在能力が開放された朝霞の動きは速く、男達は為す術もなく全員が転ばされ、魔術攻撃は失敗する。
「逃げるぞッ!」
朝霞は少女に声をかけ、右手を差し出す。
「あ……はいッ!」
突然、救いの手が差し出された少女は、すがる様に朝霞の手を握る。そして、朝霞に手を引かれ、走り出す。
だが、そのまま逃げ果せる程、相手は甘くなかった。奇襲を食らい総崩れになったが、ほんの数秒で黒衣の男達は立ち直り、朝霞達を追いかけ始めたのだ。
その動きは朝霞程では無いが、少女の手を引きながらの朝霞を捉えるには、十分過ぎる程に速い。黒衣の男達は、あっさりと朝霞達に追い付くと、少女と朝霞を取り囲む。