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煙る世界と聖なる泥棒 07

 屋敷の壁の外側に停車している黒い小型車は、僅かではあるが、魔動エンジン音を響かせている。

 何時でも発車出来る様に、エンジンをかけっ放しにしているのだ。


 その車の近くに、人影が降って来て、音も無く着地する。人影の正体は、トランクを手にした、黒猫。


「手ぶらじゃないって事は、蒼玉は取り戻したんだな?」


 開いた運転席の窓から、運転席にいる眼鏡の少女が、黒猫に問いかける。


「当然、蒼玉だけで二百はあるぜ!」


 トランクを、聖盗としての仲間である眼鏡の少女に見せながら、黒猫は自慢げに答える。


「だったら、お仕置きは無しかな」

「お仕置きって、何の事だよ?」


 今度は黒猫が、眼鏡の少女に問う。


「盗むのに失敗してたら、二人でお仕置きしようって、さっき姫っちと話してたんだ」


 眼鏡の少女が言う姫とは、黒猫を助けに現れた布都怒志の事だ。

 布都怒志というのは、仮面をつけた姫武者姿に変身している姿の名であり、聖盗として活動する際の通常の呼び名は、姫。


 別に王族だったり、高貴な家の出という訳では無い。

 変身後に姫武者の姿になる為、姫武者が略されて、姫という名が定着しただけの話である。


「酷ぇな、一番大変な侵入と盗みを担当してる俺を、お仕置きしようとか」


 蒼玉が入ったトランクを、車のトランクの中にしまいながら、黒猫は愚痴る。


「黒猫っちが一番大変なのも、失敗した時に一番責められるのも、リーダーなんだから当たり前」


 しれっとした口調で、眼鏡の少女は黒猫に言い放つ。


「――だったらリーダー辞めたいわ、俺。別にリーダーやってても、何も良い事ねぇし」


 トランクをしまい終えた黒猫は、愚痴を吐きながら、助手席のドアの前に移動すると、仮面の額の六芒星を、右手の人差し指でなぞる。

 すると、六芒星から変身した際と同じ青い炎が噴出し、黒猫の全身を包み込む。


 炎が一瞬で消え去ると、黒猫は変身する前の姿……タートルネックの黒いシャツにカーゴパンツ、背中にはリュックという出で立ちに変わっている。

 変身を解除したのだ。

 黒猫の左手には、仮面に変わっていた黒いキャスケットが握られていて、右掌には、蒼玉粒が乗っている。

 だが、蒼玉粒の大きさは、豆粒程の大きさから、胡麻粒程の大きさに縮んでしまっている。


「結構消耗したな、もう変身に使えるサイズじゃないか」


 残念そうに呟きながら、黒猫は襟元からペンダントのチャームとなっているミニボトルを取り出すと、小さくなった蒼玉粒をミニボトルに戻す。

 そして、ミニボトルをシャツの中に戻しながら、車の助手席に乗り込む。


 直後、車の後ろに、大きな黒い影が降って来て、大きな音を立てて着地する。

 壁の上から降下して来たのは、鎧姿の布都怒志。


 長刀と脇差を鞘に納めつつ車に駆け寄ると、布都怒志は兜の面立ての六芒星を、右手の指先でなぞる。

 すると、六芒星から青い炎が噴出し、布都怒志の全身を包み込む。


 炎が一瞬で消え失せると、布都怒志の姿は消え失せ、代わりに長身の少女の姿があった。

 長身の少女は左手に黒いソフト帽を、右手には黒猫の右手に残った物の、数倍の大きさがある蒼玉粒を持っていた。


 先程の黒猫同様、仮面者の姿から、通常の姿に戻った長身の少女は、蒼玉粒を胸元から取り出したミニボトルの中に戻すと、ミニボトルをシャツの中に戻す。

 そして、ブレードホルダーから長刀と脇差を外しつつ、長身の少女は車の後部座席に乗り込んで来る。


「仮面者姿のまま乗り込むには、狭いんだよな、この車……小さ過ぎるから」


 後部座席に座り込んだ長身の少女は、天井のホルダーに長刀と脇差を固定しながら、長身の少女は愚痴る。


「お前の身体が、大き過ぎるんだよ。俺達は仮面者姿でも、余裕で乗れるんだし」


 黒猫が後部座席を振り返りながら、言い放つ。

 同時に、車のリアガラスを透し、車のライト風の光源が複数、目に映った為、長身の少女相手に軽口を叩いている場合では無い事を、黒猫は察する。


「追っ手が来たぞ!」

「――出すよ!」


 ほぼ同時に、バックミラーで追っ手らしき車の光源を確認した眼鏡の少女は、アクセルを踏み込んで、車をスタートさせる。

 後部の排気口から、黒い煙を吐き出しながら、車は夜道を急加速し始める。


 黒猫は後ろを向いたまま、追跡者達の状況を確認する。車のライトが逆光になっているせいで、やや確認し辛いのだが。

 大型車両の周囲に装甲板を大量に貼り付け、上部に銃座まで設えた、ハンドメイドの装甲車風の車が三台、煙水晶を消耗するが故に発生する煙と、道が舗装されていないが故に発生する土煙を上げながら、爆走して来ている光景を、黒猫は視認する。


「距離は百メートル程、装甲車みたいなのが三台だ」


 黒猫の頭の中に、屋敷の屋根の上から視認した、黒塗りの乗用車やトラックなどの姿が、甦る。


「さっき屋敷の屋根から確認した、動き出してた組織の車は、装甲車じゃなかった。たぶん追って来てるのは、後ろに見える連中だけじゃないぞ!」


 そう黒猫が言った直後、五十メートル程先の……向かって左側に見える、屋敷を囲う壁の端が、急に明るくなる。

 それが、車のヘッドライトの光であるのは、光が見えた数秒後に、壁の陰からヘッドライトを輝かせた、黒塗りの大型車が飛び出し来たので、すぐに確認出来た。


 後ろから追って来る装甲車とは別の、屋敷の門から出て来た組織の車が、壁の周囲を巡る道を走って、黒猫達が乗る車の進行方向に、回り込んで来たのだ。

 黒塗りの大型車が三台、道を塞ぐ様に停車する。


「揺れるよ!」


 進行方向を車に塞がれた眼鏡の少女は、ハンドルを左に切って、林の中に車を突入させる。

 林道では無いので地面は荒れていて、小型の車は激しく揺れる為、乗っている黒猫達は、激しく身体を揺さ振られる。


 だが、小型車故に木々の間に、通り抜けられる箇所が有る。

 眼鏡の少女は見事なハンドルさばきで、木々の間を通り抜け、組織の車に道が塞がれた辺りをやり過ごすと、ハンドルを右に切り、車道に復帰する。


 すぐさま急加速し、黒煙を煙幕の様に撒き散らしながら、黒猫達の小型車は、夜道を疾走する。

 向かっているのは、郊外の林の中にある屋敷から、数キロ離れた場所にある港街。


 車が発するけたたましい音に掻き消されず、続け様に銃声が響き渡る。

 道を塞ぐのを止めて追跡を開始した、黒塗りの大型車の窓から身を乗り出している、ダークスーツ姿の組織の者達や、装甲車の銃座にいる迷彩服を着た組織の者達が、黒猫達の車を狙って、銃弾の雨を降らせているのだ。


 眼鏡の少女は車を微妙に蛇行させ、銃撃をかわすが、それでも限度はある。

 数発の銃弾が車の後部に当り、トランクに穴が開く。


「――どうする? 車を止めて迎撃するか? まだ一度なら変身して戦えるが?」


 長身の少女に問われた黒猫は、近付いて来る街灯りを目にして、即断する。


「いや、このまま逃げる……もう街が近いからな! 街に入れば銃撃は止む筈だ!」

「了解!」


 ブレーキをかける準備をしていた眼鏡の少女は、そう応答し、街灯りを目指して車を全速力で走らせる。

 左のサイドミラーやリアガラスなどに銃弾が着弾して破損、リアガラスの破片は車内に飛び散り、長身の少女や黒猫が悲鳴を上げる。


「防御殻使う?」


 眼鏡の少女が、黒猫に問いかける。防御殻とは、魔術が作り出す防御結界……いわゆるバリアーの様に機能する結界の事だ。


 黒猫達の車には、その防御殻を発生させる魔術機構が搭載されているので、防御殻を使えば黒猫達は、追っ手の銃撃から余裕で車体を守り通せる。


「ここで防御殻使って銃弾防ぐと、大量に煙水晶を消費しちまう可能性があるから、後で困った事になるかもしれん。使わない方がいい」


 眼鏡の少女は、黒猫の返答に頷く。防御殻は銃弾などの攻撃を防ぐ度に、燃料である煙水晶を大量に消費する。

 故に、後で煙水晶を大量に使う可能性があった黒猫が、この場での煙水晶の大量消費を避けたいというのは、眼鏡の少女からすれば、納得が行く返答だったのだ。


 そのまま、十数発の銃弾を車体に食らいつつも、致命的なダメージを受けはしないまま、黒猫達の車は街灯りが煌めく港街に、何とか辿り着く。

 街中は道が舗装されている為、車の揺れや走行音が、かなり控え目になる。


 車が街中に入った直後、黒猫の読み通りに、追っ手からの銃撃は止む。

 幾ら裏の組織でも、目立つ街中での銃撃戦は避けたいが故である。


 銃撃が止んだからといって、追跡が止んだ訳では無い。

 黒猫達の車から少しだけ遅れて、街の中に突入した車や装甲車……更に遅れてトラックなどは、街の通りを爆走し、黒猫達の車を追いかける。


 栄えた港街であるが故、夜中であっても街中には至る所に灯りがあるが、流石に人通りや車通りは疎ら。

 黒猫達の車と組織の車達は、交通法規を無視した派手なカーチェイスを、港街で繰り広げる。


 大通りは当然、小型車としての車体の大きさを生かし、細い裏道まで駆使して、黒猫達の車は逃げ続けるが、幾ら黒猫達が下調べを十分にしたとはいえ、地の利は地元である組織側にある。

 追跡を振り切る事が出来ぬまま、数十分の激しいカーチェイスを続けた挙句、黒猫達の車は海近くの倉庫街に辿り着く。


 港街には有り勝ちな、煉瓦造りの倉庫街を過ぎれば、その先は埠頭があるだけで道は無い、普通に見れば行き止まりと言える状態。

 日中なら輸送船が岸壁に接岸し、荷物を積み降ろしする作業が行われているのだが、夜中の今……作業が行われていないのは当然、接岸中の輸送船すら疎ら。


 程無く黒猫達の車は、埠頭の岸壁に追い込まれたと、誰もが認識するだろう状況に陥る。

 次第に台数が増え、埠頭に辿り着く頃には、既に十数台を数えるまで増えている、組織の追跡者達の車に乗車している者達も、そういった認識だった。


 だが、岸壁の際に迫る黒い小型車は、そこで停止する筈……という、組織の者達の思い込みは、そこで裏切られる。

 何と、黒猫達の車は停車せず、そのまま岸壁から、墨で満たされているかの様な真っ黒な海に、減速すらせずに飛び込んでしまったのだ。


 岸壁から海面までは、二メートル程の高さがある。

 その二メートルの高さを、弧を描いて落下する車の中で、眼鏡の少女が声を上げながら、計器の近くに並んでいる多数のボタンの一つを、押し込む。


「防御殻起動!!」


 直後、防御魔術が固定化された魔術機構が起動し、黒猫達の車は数倍の大きさがある、透明なガラス玉の様な見た目の結界……防御殻に包まれる。

 この大きな防御殻は、中に大量の空気を包んでいるので、軽量の小型車が中にあっても、余裕で水に浮く程度の浮力を持つ為、海の上に浮く事が可能。


 故に、水しぶきを上げながら、黒猫達の車を包み込んだ防御殻は、ビーチボールの様に海面を弾みつつ着水し、海中に沈みはしない。


「パドル展開!」


 続けて、眼鏡の少女が別のボタンを押すと、今度は防御殻の形が変わり始める。

 防御殻のあちこちから、水車の羽……いわゆるパドルの様な物が、生えてくる感じで。

 この状態で車の車輪が回転すると、車輪と接している防御殻は、車輪と同じ方向に回転を始めるので、防御殻から突き出たパドルは水をかき、車輪の回転方向と同じ方向への推力を得る。

 つまり、防御殻の中で車を走らせると、水上を自由に進める様になるのだ。


 要は、スクリュープロペラ式の推進器がメジャーになる前の、水車みたいな外輪式の推進器を付けた蒸気船などと、推進する理屈は同じ。

 黒猫達の小型自動車には、眼鏡の少女により、様々な改造が施してあるのだが、この防御殻を利用した水上移動能力も、その一つといえる。


 ちなみに、移動に加えて防御殻にも魔術を使用する為、燃料である煙水晶の消費は激しく、かなり燃費は悪い。

 故に、敵に発見された場合は海から逃げる算段だった黒猫は、手持ちの煙水晶を海に出るまで、余り消耗したく無かったので(防御殻は攻撃を防ぐ度に、大量の煙水晶を消費する)、追っ手からの銃撃に対しては、防御殻を使わなかったのだ(ちなみに、地上走行時は防御殻をドーム状に展開する)。


 煙水晶を使用するが故に、防御殻を使用すると、大量の煙が発生する。

 通常は排気口や煙突などから煙を排出するのだが、事実上密封されている、水上で使用する防御殻の場合は特殊であり、特定の排気口は無い。


 車を運転する眼鏡の少女が、安全だと思われるタイミングを見計らい、防御殻の特定の部分に複数穴を開け、ポンプの様な働きをする魔術機構を併用し、一気に防御殻の内部を換気するのだ。

 故に、換気するまでの間、透明なガラス玉の様だった防御殻の外観は、どんどん煤けて真っ黒になって行く。


 防御殻を使い始めたばかりであり、まだ防御殻は透明に近い状態。

 故に黒猫達の車は、まるで水面を普通に走っているかの様に、追跡者達には見える。


「何だ、ありゃ? 海の上を走ってるぞ!」

「軍や警察が使ってる、水陸両用車って奴か?」

「――誰か、船を用意しろ! 逃げられちまう!」


 岸壁に停車し、海上を走る様に去り行く黒猫達の車を見て、驚きの声と焦りの声が、ダークスーツ姿の組織の人間達から上がり続ける。

 数分後、組織の者達は三艘の高速船の調達に成功し、黒猫達の車を追跡すべく、夜の海に乗り出すが、時既に遅し。


 暗い夜の海で、数分前に逃げ去った、行き先すら分からぬ目立たぬ相手を探し出すのは、不可能に近い。

 組織の高速船は、夜の海上をサーチライトで照らしながら、空しく探し回り続けるが、既に黒猫達の車は、組織の高速船による調査海域を離れていた。


 黒猫達……黒猫団の今回の盗み、聖盗は成功に終わったのだ。


    ×    ×    ×





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