交魔法と修行 12
すぐに神流が駆け寄り、朝霞の状態を確認する。今度も特に深刻なダメージは無いようだ。
「ま、今回も意識を失っただけみたいだな」
神流は呟きながら、朝霞を抱き抱えると、活法を施し易い畳の上に移動させる。
そして、朝霞を畳の上に、仰向けに寝かせようとする。
その時、朝霞は激しく嗚咽し、吐瀉物を神流の顔に、吐きかけてしまう。
「ひっ!」
思わず神流は、悲鳴を上げてしまう。
慎重に朝霞の身体を横たえていた最中だったので、吐瀉物をかわせず、顔でモロに受け止めてしまったのだ。
二回目であり、胃の中に余り内容物が残っていなかったせいか、量は一回目より少なかったのだが。
「――ま、あたしもさっき……やらかしたみたいだし」
哀れむかの様な目のティナヤに渡されたタオルで、吐瀉物に塗れた顔や胸元、髪の毛などを大雑把に拭いつつ、神流は自分に言い聞かせる様に呟く。
不愉快さと怒りを、堪える為に。
神流の代わりに、朝霞に活法を施しながら、幸手は悪戯っぽい笑みを浮かべつつ、口を開く。
「ま、その内もっと汚い粘液、惚れた男に顔にかけられる様になるんだから、その予習とでも思っておけば」
幸手の下品な冗談の意味が分からず、神流はタオルをティナヤに返しつつ、幸手に問いかける。
「もっと汚い粘液って?」
「精液」
幸手が口にした答を耳にして、神流とティナヤは驚き、噴出しそうになる。
「そ、そんなもん……顔にかけられる様に、なる訳無いだろッ!」
頬を赤らめ、声を上ずらせながらの神流の言葉に、ティナヤも頷いて同意する。
「どうかな? そういう事するの、男は好きらしいし」
からかう様な口調で幸手は続ける。
「朝霞っちだって、したがるかもよ? そういう事したいって言われたら、どうする?」
問われた神流とティナヤは、顔を見合わせ、黙り込む。
そんな状況になったら、どうするのか考えてしまったが故に。
「お前ら……キツイ修行で気を失ってる人間の前で、何つー下品な会話してんだ?」
何時の間にか、幸手の活法で意識を回復していた朝霞が、苦々しげな表情を浮かべつつ、問いかける。
「私達じゃないから! 下品な事言ってたのは、幸手だけだもん!」
ティナヤは慌てて弁解し、その隣では神流が大きく頷いて、同意する。
「幾らなんでも、仲間が失神してる時くらいは、下品なジョークは控えろよなー」
立ち上がった朝霞は、身体の各所を擦り、調子を確かめながら、呆れた様に幸手を窘める。
幸手が下品な下ネタの冗談を口にするのは、珍しい事では無いので、ティナヤの発言通りだろうと、朝霞は思ったのだ。
幸手は悪びれもせず、ペロリと舌を出してから、朝霞に抱きつきつつ、問いかける。
「――でも、朝霞っちも……そういう事してみたいって思うでしょ?」
「思わねーよ!」
強い口調で、朝霞は否定する。
「それは残念、してみたいなら、何時でも私が相手になるのに」
しれっとした顔で、そう朝霞の耳元で囁くと、幸手は朝霞から離れ、コンクリートで床が覆われた場所に向かう。
途中、ミニボトルの中から蒼玉粒を一粒、取り出しながら。
そして、ベレー帽に六芒星を描いて仮面に変えると、仮面を被って、青い炎に包まれながら、天久米八幡女の姿に変身する。