交魔法と修行 11
「エロ黒子は乳眼鏡より、失神するまでの時間が長かった様な気がするが……」
話題を切り替えようと、朝霞は気付いた事を口にする。
神流と幸手が大丈夫そうなので、呼び方は普段の仇名に戻っている。
「エロ黒子……言うな」
一応、お約束とも言える抗議の言葉を、神流は口にするが、朝霞に嘔吐した直後なので、その言葉は普段より遠慮がちで、弱々しい。
「幸手は四十七秒、神流は一分二十五秒だから、倍近くもった事になるのかな?」
ストップウォッチ機能付きの腕時計(魔術非使用の機械式)を見て、計ったばかりの神流の時間を、メモに書き込んでいたティナヤの言葉である。
メモには既に、幸手の時間も書き込まれていた。
「時間……計ってたんだ?」
朝霞の問いに、ティナヤは頷く。
「負荷に慣れるまでの時間には、個人差があるらしいけど、耐えられる時間が長くなれば長くなる程、交魔法習得に近付くらしいから。一応記録しておいたよ」
交魔法発動の負荷に耐え続ければ、耐え続けている間に、身体が必死で交魔法の負荷に適応し、耐え切れる様に、魔術的体質を強化し始める。
その強化のレベルが一定のレベルを超えれば、交魔法の負荷に耐え切れる能力を得て、使いこなせる様になるのである。
「俺は、どんくらいだった?」
「一分三秒」
「――成る程、身体的強度や体力の順序通りってとこか」
朝霞の言葉通り、黒猫団の三人の身体的強度や体力に順序をつけると、神流に朝霞、幸手という順になる。
「少しずつでも、この時間を伸ばしていけば、交魔法が習得出来るんだ。次は……最低でも、一分半は耐え切ってやる」
そう言いながら、朝霞はキャスケットに蒼玉粒で六芒星を描き、仮面に変える。
「もう二回目……始めるの? 身体、少しは休めてからの方が……」
ティナヤが心配そうに、朝霞を制止しようとする。
「大丈夫だよ、苦痛と不快感は洒落にならないレベルだけど、身体に残るダメージは、それ程じゃないから」
「それ程じゃないって事は、身体に残るダメージ、ゼロじゃないんでしょ?」
「――時間、ちゃんと計っといてね!」
問いには答えず、そう言い残してから、朝霞は仮面をかぶる。
僅かな間、青い炎に全身を包まれた後、朝霞は透破猫之神の姿に変身すると、胸元のミニボトルから煙水晶粒を一粒取り出す。
そして、不安げな目で、三人の仲間が見守る中、朝霞は煙水晶粒で額に五芒星を描き込む。
心の中で乗矯術を、発動する魔術として指定しながら、略式で発動したのだ。
既に一度、正確に記述し、発動自体には成功したので、乗矯術は略式での発動が可能。
ソロモン式の六芒星に交わる様に、乗矯術の五芒星の魔術式が、青い閃光を放って発動する。
直後、五芒星から排気音と共に大量の灰色の煙が放出され、朝霞の姿を掻き消してしまう。
煙は程無く室外に排出され、六芒星の角の一つに、五芒星が含まれる変化を遂げた、交魔法発動状態の透破猫之神が、姿を現す。
そんな透破猫之神の装束の中で、既に朝霞は、拷問の如き苦痛の最中にいた。
(――ったく、少しも……楽になりゃしねぇ! 身体も……動かない……)
激痛に耐えながら、朝霞は必死で身体を動かそうと試みる。
だが、相変わらず身体は、朝霞の自由にはならない。
(せめて、一歩くらいは……)
激痛や不快感で、集中し辛い精神と力を、死に物狂いで右足だけに集中。
朝霞は右足を動かそうと、試みる。だが、根が生えているかの様に、右足は動こうとはしない。
(動けっつってんだよ!)
それでも諦めず、心の中で怒鳴り声を上げながら、今度は右足というより、右脚の付け根から太股までだけに、全ての力と神経を集中し、動かそうとする。
すると、膝から下を無視した分、膝上の部分に回る力が実際に増えたのか、単なる思い込みのせいなのかは分からないが、右太股がゆっくりと上がり、右足は僅かに……床を離れたのだ。
(――動いたッ!)
朝霞は心の中で、喝采する。だが、そこまでだった。
右足を上げて傾いたバランスを維持出来ず、そのまま朝霞は後ろ向けに倒れ込んでしまう。
受け身を取れないが、仮面者になっている為、倒れた程度でダメージを受けたりはしないので、神流達も助けには入らないが、丁度倒れた後のタイミングで、朝霞は限界を迎えて意識を失った。
僅かの間、青い炎に包まれた上で、朝霞は透破猫之神から通常の姿に戻ってしまう。