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交魔法と修行 08

 そんな幸手に、神流は右掌を突き出して、制止する。


「回復魔術の必要は無いよ! 軽く落ちてるだけだから、活を入れるだけで十分だ!」


 朝霞の様子を調べていた神流は、朝霞の身体的なダメージの程度は、活を入れる……いわゆる日本の武術における活法だけで、回復が可能だと判断した。

 故に、身体機能を修復したり回復したり出来る、ソロモン式の回復魔術を使用する必要は無いと、幸手を止めたのである。


 幸手が仮面者に変身し、朝霞に矢を向けたのは、無論攻撃目的ではなく、回復魔術を施す為だった。

 タイプとしては遠距離攻撃兼支援型である幸手の仮面者は、弓矢に様々な魔術効果を付加して放つ事が出来るので、朝霞のダメージが深刻なものである可能性を考慮し、幸手は仮面者に変身、弓を構えたのだ。


 神流は朝霞の上体を起こすと、その背後に回り込む。

 そして、朝霞の両腕を腹の前で交差させた上で、後ろから引っ張りつつ、身体を何度か強く揺さ振り、活法を施す。


 何度か揺さ振られると、朝霞は居眠りから覚めたかの様に、目を開く。

 そして、眩しげな目で周りを見回し、状況を確認する。


(みんな……いるけど、俺……何やってたんだっけ? あ……そっか、交魔法の途中で……)


 意識を取り戻した朝霞を目にして、神流と幸手、ティナヤは安堵の表情を浮かべる。


「朝霞、大丈夫か? これ……何本だ?」


 神流は右手の指を三本立てて、朝霞の眼前に差し出す。


「――ゲロ臭い指が、三本」


 大きく息を吸い込んでから、そう答えた朝霞を見て、神流は安堵と怒りが半分半分といった感じの表情を浮かべつつ、右手で朝霞の額を軽く弾く。


「お前の吐いたゲロが付いたんだよ!」


「吐いたのか、俺。覚えてないや。まぁ、確かに激痛だけじゃなくて、気分も悪くて吐き気もしたから、吐いてもおかしくない感じではあったが」


 徐々に意識を失う前の記憶がはっきりして来たので、その記憶を思い出しつつ、朝霞は立ち上がる。

 そんな朝霞の目に、仮面者となった幸手の姿が映る。

天久米八幡女あまくめのはやため? 次は幸手が交魔法試すのか?」


 朝霞は幸手に、問いかける。天久米八幡女とは、幸手の仮面者の名だ。

 朝霞の透破猫之神や神流の布都怒志同様、川神市にあった神社の祭神の名で、知識と技術の女神であり、弓矢の名手でもある天久米八幡女の名を、幸手は弓矢で魔術を使う自分の仮面者の名としている。


「いや、朝霞っちの回復の為に変身したんだけど。神流っちの活法だけで済んだんで、変身の必要は無かったみたい」


「そうなんだ、有り難う」


 自分の回復の為に、幸手が変身したと知った朝霞は、幸手に礼を言う。


「ま、変身解除するのは二度手間だし、次に交魔法試すのは、私なんだろうけど……朝霞っちが試したの見たせいで、正直言うと怖くなって来たよ」


 幸手は恥ずかしそうに、頭を掻いて見せる。

 表情は仮面のせいで確認出来ないが、その動きと言葉のトーンで、幸手の感情は朝霞達には伝わる。


「朝霞っちが失神するのなんて、戦闘で相当なダメージ食らった時でも無かったのに」


「まぁ、たまに格闘技の修行中に、神流には落とされてたけどな」


「格闘技の修行で神流っちに落とされたり、痛めつけられたりした時と交魔法、どっちがキツイ?」


「神流との修行……と言いたいところだが、正直交魔法の方が相当にキツイ。あれに慣れるまで続けるとなると、正直俺でも……また挑むのは怖いといえば怖いよ」


 思い出すだけで、肌が粟立つ程の苦痛を味わった朝霞の、本音である。


「――でも、続けるんでしょ、交魔法の修行?」


 幸手の問いに、胸にかけているミニボトルを手で弄びながら、朝霞は頷く。


「少なくとも、このボトルの中の蒼玉粒を使い切るまではね」


 蕨の置き土産である蒼玉粒や煙水晶粒の中から、次の仕事に必要と思われる分は、予め別に分けておき、残りを三分割して、朝霞達は自分達のボトルに詰めていた。

 蒼玉粒は五粒、煙水晶粒は三十粒が、一人当たりの分量だ。


「最低でも、後四回は挑める筈だ」


 そんな朝霞の言葉に、ティナヤが異を唱える。


「四回じゃなくて、少なくとも成功するまで二十九回、試せるんじゃないかな」


「どういう事?」


 意味が分からず聞き返す朝霞に、ティナヤは朝霞のキャスケットを手渡す。

 仮面者の変身が解除された後、床に放り出されたままになっていたのを、ティナヤが拾って来たのだ。


 受け取ったキャスケットの中に、蒼玉粒が一粒入っていたのに気付き、朝霞はティナヤの言葉の意味を理解する。


「成る程……。失敗して交魔法を、すぐに解除したから、蒼玉粒は殆ど消耗していないのか。消耗したのは煙水晶粒だけで」


 朝霞の言葉に、ティナヤは頷く。


「考えてみれば、変身して交魔法試しただけで、事実上殆ど魔術使ってないから、通常の仮面者の時と同じで、蒼玉粒は消耗していないんだな」


 当たり前の事に気付かなかった自分に、朝霞は少し呆れる。

 その当たり前の事に気付かなかったのは、それだだけ交魔法の苦痛が酷く、かなり凄まじい何かを行った気分になっていたからだろうと、朝霞は思う。


「ま、これで交魔法……試し放題、修行し放題って訳だな! あー嬉しくて仕方が無いぜ!」


「顔引き攣ってるぞ」


 虚勢を張る朝霞に、神流が入れた突っ込みを耳にしつつ、幸手は胸当ての隙間から、胸元に右手を突っ込むと、ミニボトルを取り出す。

 そして、中から煙水晶粒を一粒取り出し、ミニボトルを元の胸元に戻す。


「――じゃ、次は私ね」


 右手の指先で、煙水晶粒を弄びながらの、幸手の言葉である。

 どんなトラブルが起こるか分からない為、同時には交魔法に挑まずに、一人ずつ挑む事を、黒猫団の三人は事前の打ち合わせで決めていた。


 交魔法は黒猫団にとっては、初めて挑む手法であり、ティナヤだけではフォローしきれないトラブルが、発生する可能性がある。

 ティナヤを加えて三人で対処に当たれる様にした方が良いと、黒猫団は判断したのだ。


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