交魔法と修行 07
仮面者の装束の中で、朝霞は人生で経験した例が無い程の激痛と不快感に苛まれていたのだ。
頭をハンマーで殴られたかの様な頭痛に、全身に針を刺されたかの様な、肌や神経……筋肉の痛み。
飲み込んだ何かが内臓の中で暴れているかの様な、身体の内側から感じる鈍痛に、炎を吸い込んだ時に似た、肺が焼ける感じの痛み。
更に吐き気や眩暈など、この世に存在する痛みと不快感をまとめて味わわされているかの様な状態に、朝霞はなっていたのだ。
それにも関わらず、朝霞は悲鳴を上げない。上げられないのだ……。
息も絶え絶えというレベルで呼吸するのがせいぜいで、悲鳴どころか声も出せない状態なのである。
(――身体が少しも、言う通りに動かない……)
苦しげに、朝霞は心の中で呟く。
凄まじい苦痛や不快感に苛まれる上、身体が何一つ、朝霞の自由にはならない状態。
身体に直接仕込んだ魔術式を、交魔法の為に故意に異常動作させる際、苦痛や不快感に苛まれるのは、解説書を読んで知ってはいた。
だが、その程度は朝霞の予想を、遥かに超えていたのだ。
(この苦しさに耐え切れらないと、交魔法は使いこなせないんだ! 耐えないと!)
朝霞は必死で、苦痛と不快感に耐えようと、自分を奮い立たせようとする。
(耐え切れば、異常動作状態の負荷に、精神と身体が慣れて……耐え切れる様になり、苦しさは殆ど無くなるって、解説書には書いてあったし……)
スポーツのトレーニングなどで、身体に大きな負荷をかけると、最初は辛いし身体もダメージを負うが、次第に身体は負荷に慣れて強化され、負荷を負荷だと感じなくなるのに似ている。
無論、負荷による苦痛や不快感のレベルは、スポーツトレーニングとは桁違いだが。
(拷問でも……受けてるみたいだ。いや……拷問なんて、受けた事……無いんだけど)
全身を……しかも身体の内外から苛む苦痛と不快感に、必死で耐え続けた朝霞であったが、全身の肌をヤスリで削られるかの様な痛みを感じた直後、激痛に耐え切れず……とうとう意識を失ってしまう。
仮面者になる為の魔術は、聖盗が意識を失うと、自動的に解除される。
額の六芒星から青い炎が噴出し、朝霞の全身を包み込む。
炎は一瞬で消え去り、黒いタンクトップにスパッツという出で立ちの朝霞が、姿を現す。
朝霞の頬は青褪め、目に光は無い、一目見れば不調だと見て分かる状態。
「朝霞!」
「朝霞っち!」
神流とティナヤが声を揃えて、幸手だけは呼び方が違う為に声が揃わなかったが、ほぼ同時に三人は朝霞に声をかける。
朝霞の身を案じ、不安げな表情で。
だが、開いた朝霞の口から出て来たのは、返事の声ではなく、黄味がかった大量の粘液……吐瀉物だった。
食べたばかりの夕食を、殆ど未消化のまま、吐き出してしまったのだ。
そのまま、朝霞は前のめりに崩れ落ちる様に、コンクリートで覆われた床に倒れ込む。
頭の打ち所が悪ければ、手酷いダメージを受けかねない倒れ方だが、そうはならなかった。
瞬時に朝霞の元に駆け寄った神流が、朝霞の身を受け止めたからである。
神流は抱き抱えた朝霞を、先ほどまで使っていた畳敷きの所まで運び、畳の上に仰向けに寝かせる。
その間、幸手はペンダントのチャームであるミニボトルから、蒼玉粒を一粒取り出すと、手にしたベレー帽に素早く六芒星を描き、仮面に変える。
額に青い六芒星が描かれた、黒い仮面の面立ちは、女性的である。
即座に幸手が仮面を被ると、六芒星から青い炎が噴出し、幸手の全身を包み込む。
炎はすぐに消え去り、幸手は仮面者としての姿に変身を終える。
大きな弓を手にしている事から、全体的な外見のイメージは、和風の弓使いといった感じ。
透破猫之神や布都怒志同様、黒と青を中心とした色使い。
弓道着に似たデザインの装束だが、袴も筒袖も仮面と同じ黒。
弓道の物より大きめである胸当てや、身体の各所を保護する様に装着されているプロテクターは青い。
弓道の物より、かなり大きめのグローブ状の黒いゆがけは、甲の部分に青い六芒星が描かれている。
弓を引かぬ左手は、ゆがけとは異なるデザインの、手甲らしき黒いグローブが装着されていて、こちらも甲の部分には、青い六芒星が記されている。
背負った黒い矢筒の中から、全体が青い弓矢を右手で引き抜くと、矢の筈を弓の弦に番える。
幸手は仰向けに寝かされた朝霞に向けて、弓を引き分け……構える。