交魔法と修行 06
朝霞は胸を保護するプロテクターを、扉の様に開く。
すると、ペンダントのチャームであるミニボトルが姿を現す。
朝霞はミニボトルから煙水晶粒を一粒取り出すと、プロテクターを閉じる。
陰陽術は煙水晶界の魔術なので、基本的には煙水晶を使うのだ。
「こいつで、額の六芒星の上に、陰陽術の乗矯術の魔術式を書き込む……と」
朝霞は既に目を瞑っても書き込める程度に記憶済みの、乗矯術の魔術式を、額の六芒星に重ねる様に書き込み始める。
朝霞には馴染みがある、日本語同然の言語で構成されている部分が、乗矯術の魔術式には多い為、覚え易いのである。
解説書によれば、乗矯術は元々、香巴拉式に近い系譜の古い魔術である、仙術に属する魔術だったらしい。
それを陰陽術が解析して取り込む形で、現存しているのだそうだ。
「乗矯術か……自由自在に空を飛べる魔術らしいけど、本当に飛べるのかねぇ? そんな魔術使う奴、この世界に来てから、まだ見た事無いけど」
丁寧に魔術式を書き込む朝霞を、興味深げな目で見ながら、幸手が口にした疑問に、ティナヤが答える。
「陰陽術自体が禁術扱いだから、大っぴらに使う奴がいないだけの話じゃないかな」
ティナヤはナイルに見せられた歴史書の挿絵を思い出しつつ、話を続ける。
「でも、教授に見せてもらった歴史書に載ってた、封印戦争を描いた挿絵に載ってた魔術師達は、空を飛びながら八部衆と戦っていたから、空を自由に飛べる魔術自体は存在した筈だし、乗矯術が……その魔術の一つなのかも」
「成る程……」
納得したかの様に、幸手は呟く。
実際、ティナヤの推測は割と的を射ていて、封印戦争の頃は禁術ではなかった、仙術や陰陽術の乗矯術は、連合軍の魔術師の間に普及し、空中戦に広く使われていたのだ。
だが、仙術や陰陽術は一部の危険過ぎる術が問題視されて禁忌魔術扱いとなり、表向きには廃れた事により、乗矯術もエリシオンでは廃れてしまったのだ。
もっとも、どちらも亜細亜大州の裏社会などでは使える者も多く、非合法な形で使われていたりするのだが。
表向きには非合法な存在と化している仙術も陰陽術も、アナテマなどの八部衆との戦闘を考慮する必要がある、政府系の特殊機関などでは、例外扱いとして秘密裏に利用されている。
アナテマは様々な禁忌魔術、禁術の使用が許可されているので。
記憶したとはいえ、乗矯術の魔術式は複雑で長く、仮面の中だけでは収まらない。
故に、朝霞は胸のプロテクターまで、魔術式を書き込む事になる。
そして、殆どの魔術式を記述し終えた朝霞は、煙水晶粒を六芒星の上に戻し、呟く。
「そして、最後は五芒星……と」
陰陽術の魔術式は、最後に五芒星を記述する規則がある。
魔術式記述の最終段階なので、朝霞は慎重に五芒星を描き終える。
すると、これまで朝霞が記述した乗矯術の魔術式が、全て朝霞の仮面や胸のプロテクターの上を、まるで磁石に引き寄せられる砂鉄であるかの様に移動し、五芒星の中に吸い込まれていく。
そして、一瞬だけ青い閃光を放った後、全ての魔術式を吸い込んだ五芒星が、大きな排気音を発生させつつ、大量の灰色の煙を噴出し始める。
朝霞以外の三人が、驚きの声を上げる中、朝霞の姿が煙にかき消され、見えなくなる。
煙はトレーニング場全体に広がるが、煙水晶が発生させる煙の常として、吸い込んでもむせたりはしない。
「――下手な煙幕以上の煙だな」
神流は愚痴りながら、煙で視界が悪い中、記憶を頼りに換気扇のスイッチがある壁に向かって歩いて行き、一応は作動中だった換気扇の出力を最大にする。
静かに動いていた換気扇の魔術機構が唸りを上げ始め、トレーニング場に満ちた煙を、どんどん外気と入れ替え始める。
早いペースで煙は外部に放出され、その代わりに冷たい夜の外気が、部屋の中に流れ込んでくる。
神流達は急に下がった気温に身震いしつつ、煙の中から姿を現した、朝霞の姿に注目する。
基本的なデザインに、殆ど変わりは無い。
だが、六芒星のデザインが、変わっていた。
額のだけではない、手甲などの六芒星も、六つの角の内、真上にある角の中に、灰色の小さな五芒星が収まっていたのだ。
交魔法に成功すると、六芒星がそういった変化をすると、解説書には書いてあったので、六芒星の変化を確認した幸手は、朝霞に問いかける。
「――成功したのか?」
だが、朝霞は返事をしない。
いや、返事が出来るどころか、幸手の声が耳に届かなかったというのが、事実だった。




