門の無い大学と明かされる秘密 12
「交魔法を習得しても、数倍……いや、下手すれば数十倍の数でかからなければ、香巴拉の八部衆には勝てない。交魔法を使いこなせるようになっても、安易に八部衆と戦うのは避け給えよ」
ナイルの言葉を聞いて、朝霞は驚きの声を上げる。
「八部衆? 八部衆は連合軍との戦いで、滅んだんじゃないんですか?」
「滅んだよ……。だが、八部衆は何度でも甦る。君も二人……見ているのだろう? 胸に法輪が記された完全記憶結晶を埋め込んでいる、二人の八部衆を」
「あれは、ただの香巴拉の魔術師ではなく、八部衆?」
朝霞の問いに、ナイルは頷く。
「身体に完全記憶結晶を埋め込み、燃料に出来るような連中は、香巴拉の魔術師の中ですら、八部衆しか存在しない。ただ単に、香巴拉式の魔術の知識を得て、習得しただけの魔術師では、そこまで香巴拉式の魔術を使いこなせないのさ」
「――甦るって言いましたよね? つまり、八部衆は転生……生まれ変わる能力があり、俺が見た二人は、現代に転生した本物の八部衆って訳?」
ナイルは首を、横に振る。
「転生した訳では無い。流石の香巴拉式にも、死んだ者が生まれ変わるような奇跡を、実現する事は出来なかった。だが、その魔術的知識や能力を、その遺志と共に、後世に生まれた誰かの中に、甦らせる事は出来たのだ」
「香巴拉式には、そんな魔術が?」
「波羅蜜多転法輪という、波羅蜜多に辿り着いた魔術師だけが操れる、香巴拉式でも最高レベルの秘術だったらしい」
(波羅蜜多か……何か、そんな感じの言葉、日本で聞いた事ある気がする。仏教関連の言葉だったような……)
聞いた事がある気はすれど、その意味を知らない朝霞は、ナイルに問いかける。
「波羅蜜多というのは?」
「香巴拉式において、全てを悟った……魔術師としての究極の存在、完成に至った存在といった感じの意味だ。波羅蜜多となった魔術師は、己の身体に法輪を取り込み、その法輪に燃料である完全記憶結晶を融合させ、絶大な魔力を手に入れる事が出来たのだ」
その話を聞いた朝霞の頭に、胸に法輪が記された完全記憶結晶を埋め込んでいた、二人の青年の姿が浮かぶ。
「つまり、俺が見た連中は、香巴拉式において完成といえるレベルに至っていた訳か」
朝霞の言葉に、ナイルは頷く。
「波羅蜜多に至った者は、死する時……己の持つ法輪を、後世に生まれた誰かに転ずる魔術を発動出来る。それこそが、法輪を転ずる波羅蜜多の秘術……波羅蜜多転法輪!」
「その……法輪を転じられた者は、どうなるんです?」
「かっての法輪の所有者が持っていた、香巴拉式の魔術能力を、受け継ぐのさ。だが、受け継ぐのは、魔術能力だけではない」
「――他に何を?」
「死した八部衆の、香巴拉に対する忠誠心や信仰心……そして遺志だよ。香巴拉式は香巴拉教と呼ばれる場合もある程度に、宗教的性質が強い魔術流派でね、香巴拉式を操る魔術師は、香巴拉式の魔術が崇め奉る様々な神への、信仰が求められるんだ」
「エリシオン式には、そういう宗教的な性質……ないですよね。そういう意味でも、エリシオン式と香巴拉式は、性質が異なるのかな」
ティナヤが口にした感想に、朝霞は頷いて同意する。
「法輪を転じられた者は、基本的な人格や自我こそ元の人間のままだが、香巴拉式に帰依し、国としての香巴拉や魔術流派……宗教組織としての香巴拉式の為に生きるよう、思考や行動が縛られてしまう。そうして、八部衆の遺志を受け継ぎ、新たなる八部衆となる訳さ」
「それで、その……八部衆の遺志っていうのは?」
「香巴拉の復活と、自分達を滅ぼした者達への復讐だよ。以前……八部衆の一人が、言っていた事だがね」
かって戦った八部衆自体から、ナイルは死した八部衆の遺志についての話を、聞いていたのだ。
「香巴拉を復活させて、世界を統べていた圧倒的な力を取り戻し、連合軍の末裔といえるエリシオンという国家と、その国家に今でも存在し続ける聖盗達に、復讐しようというのが、八部衆の遺志らしい」
「香巴拉を滅ぼした訳でもない、今の聖盗である俺等も、復讐相手な訳か。八つ当たりもいいとこだな」
朝霞は呆れ顔で、肩をすくめてみせる。