門の無い大学と明かされる秘密 08
「これって……仮面者になってる聖盗じゃないか!」
ペン画を目にして、朝霞は驚きの声を上げる。
額に六芒星が描かれた、様々な姿の仮面者達に変身している聖盗達の姿が、挿絵には描かれていたのだ。
「その通り、煙水晶界に我等の先達である聖盗達が、出現し始めたのさ」
「世界間鉄道運営機構が、連れて来たのか?」
朝霞の問いに、ナイルは頷く。
「世界を隔てる壁を破り、煙水晶界と異世界を行き来する力を得た、香巴拉の民達は、異世界の人々からも長きに渡り、完全記憶結晶を強奪し続けて来たのだが、基本的に小規模な強奪しか行っていなかった」
ページの挿絵に見入っている朝霞とティナヤに、ナイルは深刻な面持ちで、話を続ける。
「だが、異世界の人間から作り出される、煙水晶が持たぬ力を持つ記憶結晶への欲望を増大させた香巴拉の民は、異世界からの大規模な記憶強盗を始めてしまった。異世界からの、大規模記憶強奪事件が発生し始める段階に至り、それまでは事態を静観していた世界間鉄道運営機構が、異世界の被害者に自力救済の機会を与える為、聖盗を煙水晶界に送り込み始めたのさ」
世界間鉄道運営機構が干渉を始めた経緯の話を聞いて、朝霞はアイシャの話を思い出す。川神駅の零番ホームで、アイシャがしていた話だ。
「故に、あらゆる世界及び組織に対し、中立的立場をとっている我々が、例外的な措置として、他の世界の被害者を救済する為に行動を起こしました。今回が初めてという訳ではなく、以前……大規模な他世界からの記憶強奪事件が、発生した際に」
アイシャの話を思い出した朝霞は、ナイルに話しかける。
「――蒼玉界に来る前、世界間鉄道運営機構の駅長に、以前……大規模な他世界からの記憶強奪事件が発生した時に、他の世界の被害者を救済する為に行動を起こした……みたいな話を聞いたんだけど、それって……」
「今話した、この紀元前……香巴拉の民が、この世界だけでなく異世界まで、荒らし回っていた時期の事だよ」
「やっぱり……」
「彼等からすれば、一時的に干渉するだけで、香巴拉が滅んだ後は、手を引くつもりだった様だが、香巴拉の民は滅んだが、香巴拉式の魔術が滅びなかったせいで、結局手を引き損なってしまったらしい。異世界への記憶結晶強奪事件が起こる度に、干渉し続ける羽目になっているからね」
「香巴拉は滅んだって……誰が滅ぼしたんだ?」
頭に浮かんだ疑問を、朝霞は口にする。
「香巴拉に抗う力など無かったんだろ、当時の人々には。それに聖盗が加わったとしても、仮面者以上の戦闘力を持つという、香巴拉を滅ぼすのは無理だろうし……。だとしたら、考えられるのは、世界間鉄道運営機構くらいか?」
他に香巴拉を倒し得る存在を、朝霞は考え付かなかった。
「連中は香巴拉と同様に、世界間の壁を破る能力を持っているくらいだから、世界間鉄道運営機構なら、香巴拉を滅ぼせたのでは?」
朝霞の問いに、ナイルは首を横に振る。
「確かに、世界間鉄道運営機構の魔術レベルは、特定の分野においては香巴拉と同等か、それ以上に達している。世界間の通路を安定的に開いて維持する事など、香巴拉ですら不可能だったのだから。だが、戦闘力という分野においては、世界間鉄道運用機構では香巴拉に、太刀打ち出来ない程の差があったのだ」
「何故、それ程の差が?」
「世界間鉄道運営機構は、人の記憶と命を搾取する、他者の完全記憶結晶の消耗を、自らに禁じた組織だからだ。幾ら魔術のレベルが高くとも、他者の記憶と命を平然と貪り、桁外れの魔力を手にした香巴拉には、勝ち目が無かったのさ」
ナイルの返答に、朝霞は納得したかの様に頷く。
「――だとしたら、一体誰が香巴拉を滅ぼしたんですか?」
先程と同様、誰が香巴拉を滅ぼしたかという問いである。
だが、先程とは違い、今度は朝霞ではなく、ティナヤが発した問いだ。
「香巴拉を倒す為に結束した、他の全ての国々の魔術師達と、聖盗達の連合軍だ」
ナイルは歴史書のページを捲りながら、ティナヤの問いに答える。
「いや、でも……香巴拉式を使う魔術師って、エリシオン式の魔術師や仮面者になった聖盗より、圧倒的に強いんでしょ? 香巴拉って、エリシオン式の魔術師と聖盗が組んだだけで、滅ぼせる相手だった訳?」
当然とも言える疑問を、朝霞はナイルにぶつける。
「まともに戦えば、勝ち目は無かったさ。だが、圧倒的な強者であった香巴拉には、油断があり、尚且つ……敵である聖盗が、一つの分野において、香巴拉を上回り得る能力が有る事に、気付いていなかった。それ故に、香巴拉は我等の先達に敗れ去り、滅んだ」
「聖盗が香巴拉を上回り得る、一つの分野? それって……」
「無論、盗みだよ。完全記憶結晶を盗む分野において、聖盗は香巴拉の魔術師連中にすら、遅れを取りはしない」
不敵な笑みを浮かべ、ナイルは続ける。
「ただ力任せに、人から完全記憶結晶を強奪し続けた香巴拉より、魔術だけでなく知恵に体術社交性に情報網……あらゆる手段を使い、記憶結晶を盗み続けた聖盗は、盗みに関してのみ、香巴拉すら越える能力を持つ存在となっていたんだ」
歴史書のページを捲る、ナイルの手が止まる。目的とするページを見つけたのだ。
山と積まれた無数の完全記憶結晶の前で、誇らしげにポーズを決めている、多数の仮面者に変身している、聖盗達が描かれた挿絵が載ったページである。
「――まともに戦ったら、勝ち目が無い強敵である、香巴拉との戦い決意した連合軍は、まず戦いの前に、香巴拉の戦力を殺ぐ戦略を採った。そして、香巴拉の圧倒的な戦力を支えるのは、煙水晶界からだけでなく、異世界からまで掻き集めた、膨大な数の完全記憶結晶!」
ナイルは挿絵に描かれている、無数の完全記憶結晶を指差す。




