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門の無い大学と明かされる秘密 07

「宜しい、では……教えよう。このマークが何なのか、このマークを使う連中が、誰なのかを……」


 マークが描かれた紙片をテーブルに置きつつ、ナイルは深刻な表情で、言葉を続ける。


「――このマークの正式な名は、法輪ほうりん香巴拉シャンバラの魔術師達が使う、一種の魔術式にして魔術機構だ」


「香巴拉というのは?」


 何処と無く聞き覚えがある様な気がしたのだが、意味を知らない言葉だったので、朝霞はナイルに訊ねる。


「かって……この世界を統べていた国の名が、香巴拉! そして、香巴拉の魔術師達が操った、超高度な魔術の系譜こそが、禁忌魔術中の禁忌魔術である香巴拉式シャンバラしき!」


 ナイルは左のブーツの靴底を、内側から右脚のブーツで、軽く蹴る。

 すると、左のブーツの足先から、煙水晶粒が先端にセットされた小さなペンが、飛び出して来る。


 ブーツの先端に、大きめの煙水晶粒を筆先にしたペンが、仕込まれているのだ。

 そのペンを使い、ナイルはフローリングの床に、素早く純魔術式を記述する。


(――戦闘慣れしてるタイプの人の、やり方だよな、これ)


 足先で純魔術式を、器用に記述したナイルを見て、朝霞は心の中で呟く。

 通常、純魔術式は手を使って書くのが普通なのだが、魔術戦闘に長けた魔術師には、武器や魔術道具などを手にしたまま、足だけで純魔術式を記述し、魔術を発動する者がいる。


 手にした武器や魔術道具に、足で書き込んで発動させた魔術を組み合わせて戦う魔術師を、朝霞も過去に目にした事がある。

 そういった魔術師は大抵、戦闘に長けていたのだ。


 ナイルが記述した純魔術式から、黒い煙が噴き出した直後、バスケットボール大の黒い球が出現する。

 黒い球はナイルの左膝から、二十センチ程離れた辺りで、宙に浮いたまま停止した。


 その黒い球の中に、ナイルは躊躇いもせず、左手を突っ込むと、すぐに引き抜く。

 ナイルの左手は、百科事典程の大きさがある、古めかしい本を掴んでいた。


「盗まれたら困る物なんでね、普段は泡の中にしまってあるんだ」


 ナイルの言う泡とは、煙水晶界の周囲に漂う泡状の、小さな空間の事である。

 煙水晶界や蒼玉界などの人が住まう世界を大陸に擬えるなら、その岸辺にある小島や岩礁に相当する存在といえるだろう。


 魔術師の間では、この無数の小さな泡状の空間は、正式にはタィニイ・バブルス(小さな泡達)と呼ばれている。

 魔術師の中には、この泡と煙水晶界を魔術で繋ぎ、倉庫の様に利用している者達がいる。

 最初に空間と通路を開いた魔術師以外には、アクセスするのが不可能に近い為、貴重品の保存の為などに使用される。

 一度、通路を開くだけで、ナイルの足先にあった煙水晶粒が全て消費される程度に、一見シンプルな術ではあるが、魔力の消費量は多いし、近いとはいえ別の空間と通路を開く高等魔術である為、使える魔術師は少ない。


 そんな高度な魔術を、気楽に使って見せたナイルは、当然の様に高度な技量を誇る魔術師と言える。

 少なくとも、朝霞はそう判断した。


 取り出した本を、ナイルはテーブルに置く。

 安い作りのテーブルに似合わぬ、凝った意匠が施された、厚ぼった過ぎる本を。


「これはエリシオン政府が封印した、紀元前の歴史が記されている、煙水晶界の歴史書だ」


 ナイルの言う紀元前とは、エリシオンで現在使用されている暦……統一歴元年以前を意味する。

 ちなみに現在は、統一歴四百二十三年である。


「紀元前の歴史を封印したって、どういう事?」


 朝霞に問われ、ナイルは答える。


「香巴拉という国と魔術の存在を、人々の記憶から消し去る為、エリシオン政府は歴史を書き換え、煙水晶界の歴史から香巴拉という存在自体を消し去ったのさ。今現在エリシオンで教え伝えられている紀元前の歴史は、香巴拉の存在を排除した上で、矛盾が無い様に調整されたもので、真実の歴史では無い」


「――何故、そこまでする必要が?」


「それだけ危険な存在だからだだよ、香巴拉の存在と……香巴拉式の存在は。エリシオン式とは、正に次元が異なる魔術の系譜と言える」


 ナイルは深刻な面持ちで、話を続ける。


「不老不死にして不死身の身体を作り出し、死者すら甦らせるという、神の領域にすら踏み込んだ力を実現し、世界と世界の壁を破る術を編み出し、戦えば……まさに一騎当千、一万にも満たぬ香巴拉の民だけで、世界中の国々を圧倒する戦力を実現する事が出来た、まさに最高にして最強の魔術……それが香巴拉式!」


(世界と世界の壁を破る術……あれの事か!)


 大忘却の際、謎の二人の青年が出現させた穴を、朝霞は思い浮かべる。

 おそらくは、世界の壁を破り、蒼玉界と煙水晶界を繋ぐ通路であっただろう、巨大な穴を。


「だが、魔術が何かを実現する為には、それ相応の代償……燃料が必要。最高にして最強である香巴拉式の魔術は、煙水晶粒を燃料とするエリシオン式に比べ、膨大な燃料を必要とする。完全記憶結晶を燃料として使用し、消耗してしまうのさ」


 その話を聞いた朝霞の頭に、川神駅で聞いたアイシャの話が甦る。


「――ですが、煙水晶界における禁忌魔術の中には、完全記憶結晶を燃料として完全に消費してしまった場合、その完全記憶結晶を作り出す為に記憶を奪われた者を、死に至らしめる魔術が存在するのです」


(成る程、あの話に出て来た魔術は、香巴拉式の事だったのか)


 朝霞は納得したかの様に頷きつつ、心の中で呟き続ける。


(香巴拉式という名や、その術の使い手達が、俺達の記憶を盗み出した連中である事なんかは、故意に伏せられていたんだろうが)


「香巴拉の民は、その欲望を満たす為……香巴拉式魔術を使う燃料や触媒にする為、世界中の人々どころか、異世界の人々にまで手を出し、その記憶と命を奪い続けた。香巴拉の民からすれば、他の人間は自分達の欲望を満たす為の、燃料の供給源に過ぎなかったのさ」


 ナイルはテーブルの上に置いた歴史書の向きを、朝霞やティナヤが見易い方向に変える。


「香巴拉以外の国々の人々にとって、記憶と命を搾取され続ける地獄の様な時代は、数百年に渡って続いた。香巴拉に抗う力と術を持てなかった人々は、香巴拉に支配され続けるしか、無かったのだ。毎年、数百万の人々の記憶と命を、香巴拉に奪われ続けていたというのに……」


 歴史書を開いて、ナイルはページを捲り始める。


「――だが、その流れが変わる出来事が、起こり始めた。香巴拉から完全記憶結晶を盗み出す者達が、現れ始めたんだよ」


 目当てのページが見付かり、ナイルはページを捲る手を止める。

 そのページには、写実的なタッチで描かれた、モノクロのペン画風の挿絵が描かれていた。

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