門の無い大学と明かされる秘密 06
「――だが、強過ぎるんだよ、このマークに関わる禁忌魔術の使い手達は。たった一人に、仮面者となった聖盗達が、集団で襲い掛かっても、太刀打ち出来ぬ程に」
深刻な面持ちで、ナイルは言葉を続ける。
「それなのに、敵の存在を知った聖盗達は、戦いを挑んでしまいがちなのさ。元々、自分だけでなく他者の為に、命懸けで異世界に向かい、記憶を取り戻そうという、勇気と正義感に溢れた者達が多いからね、聖盗という連中は」
何かを思い出しているかの様に、ナイルは遠い目をする。
「過去……圧倒的な強者相手の戦いにおいて、多くの者達が傷付き、倒れた。そして、それでも倒せぬ敵を倒す為、禁じられた力に手を出して、戦い続けた聖盗達もいた、私の様に」
「――つまり、さっき言ってた、禁じ手を使って戦った、危険な連中ってのが、そのマークの関わる禁忌魔術を使う、記憶の強奪者達だった訳?」
朝霞の問いに、ナイルは頷く。
「その戦いに私と仲間達は、何とか勝利したのだが、私は聖盗としての能力を……仲間の多くは、命さえも失ってしまった」
「記憶を取り戻しに来た筈なのに、逆に色々と失ってしまった聖盗連中がいた訳か。悲惨な話だな、そいつは……」
淡々とした口調で、朝霞は呟く。
「ああ、悲惨な話だ。世界間鉄道運営機構も、記憶を奪われた被害者な上、勇気と正義感があるからこそ、聖盗となった者達が悲惨な目に遭うのを、善しとはしなかった。だからこそ、そういった事態の発生する確率を下げる為に……」
ナイルが言い終わる前に、朝霞が言葉を受け継ぐ。
「世界間鉄道運営機構は、そのマークの関わる禁忌魔術や、聖盗にとっての禁じ手についての情報を、聖盗達に教えないって訳?」
「その通り。聖盗達に凄まじい被害を出した、二十五年前の戦いの結果、世界間鉄道運用機構は、その二つに関する情報の聖盗に対する隠蔽を決めた。故に、それ以降……煙水晶界を訪れた聖盗達は、基本的には存在を知らされていないし、情報を知っている古い世代の聖盗達も、その情報を基本的には、知らぬ聖盗達に開示したりはしない」
「――という事は、俺も教えては貰えないのかな?」
不満げに問いかける朝霞に、ナイルは首を横に振る。
「『基本的には』と言っただろう。例外が有るという事さ」
ナイルは、その例外について、話し始める。
「聖盗としての活動を続ければ、隠蔽した情報の端緒に触れたり、関わり始めてしまう者達が出て来る。そういった者達に、情報を知る者達が、隠蔽した情報に関して問われた場合は、情報を知った結果、発生し得るリスクを説明した上で、その情報が知りたいかどうか、相手に選ばせる場合があるんだ」
「さっきの、情報を知れば……聖盗ですら勝てないだろう相手を、敵に回して戦う選択をして、悲惨な目に遭う可能性が上がるって話は、そのリスクの説明だった訳ね?」
朝霞の問いに、ナイルは頷く。
「リスクを知った上でなら、その情報を知りたいかどうか、自らの運命を選べる機会を、与えられる者がいてもいい。無論、その選択の機会を与えるのは、有る程度以上の能力と実績がある、ごく一部の聖盗に限られるが」
「リスクを説明されたって事は、俺は……その機会を与えられたと考えていいのかな?」
「ああ、黒猫団と……その協力者なら、十分に資格はあるだろう」
そう言いながら、ナイルはティナヤを指差す。協力者とは、ティナヤを意味しているのだ。
「――では、渡良瀬君……君の意志を確認しようじゃないか」
これまで以上に真剣な面持ちで、ナイルは朝霞に問いかける。
「このマークや……マークに関わる禁忌魔術を使う者達について、君は知りたいと思うかね?」
問われた朝霞は、目を瞑る。
すでに朝霞の中で、答えは決まっていたのだが、それでも重大な選択なので、朝霞は心を落ち着け……冷静に考え直してみたのだ。
だが、考え直した上でも、答えは変わらなかった。
朝霞は目を開けて、一度だけ大きく深呼吸してから、口を開く。
「――あのマークに関わる連中が、記憶を強奪した犯人だって事、俺は最初から知っていました。蒼玉界で記憶を盗まれた時に、目撃したんですから、そのマークがついた完全記憶結晶を胸に埋め込んでる連中が、俺達の記憶を盗み出した現場を」
ナイルは少し、驚いた様な顔をする。
朝霞が煙水晶界に来る前から、マークと関わる禁忌魔術の使い手を目撃していたのは、ナイルにとっては予想外だったのだ。
「そして、さっきも見かけたんです。本屋通りの近くにある商店街と、塗炭通りで……俺達が記憶を盗まれた時に見かけた二人の内の、一人を」
続いて朝霞が口にした内容は、ナイルを更に驚愕させた。
「塗炭通りだって? この街に……奴等が現れたのか!」
ナイルの問いに頷いてから、朝霞は話を続ける。
「商店街で見かけた時、俺は……奴が敵だって分かっていたけど、戦いを挑みませんでした」
「何故だね?」
「奴の戦闘能力が、俺より遙かに高いだろうからです」
朝霞は淡々とした口調で、話を続ける。
「奴等の戦闘能力が、仮面者になった聖盗数人と、記憶警察の実戦部隊が、手を組んで戦っても、勝負にならない程度に強いって情報を、他の聖盗からの情報で得ていたもんで」
「勝ち目が無い勝負は、しないという事か。それは賢明だな」
「――だから本来、俺は敵である奴等の存在は無視して、記憶結晶の回収に専念したいんだけど、そういう訳には行かないかも知れなくなってきたもので……」
「そりゃ、何故だい?」
「商店街で見かけた奴が、どうやら俺達黒猫団やティナヤに関して、調べているらしいと知ったから」
驚きの声を上げるティナヤとナイルに、朝霞は少し前に起こった事を説明する。
十ヶ月前に、塗炭通りで起こった事件の経緯と、その事件について、記憶強奪犯らしき青年の一人が、調べていたらしい事などを。
「――なんで私の事まで?」
不安混じりの表情を浮かべつつ、ティナヤが訝しげに朝霞に問いかける。
「分からない。何か心当たりは?」
朝霞の問いに、ティナヤは首を横に振る。自分が調べられる心当たりなど、皆無なのだ。
「まぁ、とにかく……そんな感じで、俺が無視して避けようとしても、敵である奴等の方が、俺達に関わろうとしてくる可能性が出て来た以上、敵の事は知っておかないと、不味い訳です」
淡々とした口調で、朝霞は続ける。
「『敵を知り己を知らば、百戦危うからず』じゃないですけど、まず敵については、知っておかないと」
「――つまり、知る方を選択する訳だね?」
ナイルの問いに、朝霞は頷く。
「ララル君の方は?」
続いて、ティナヤの意志を、ナイルは確認する。
「関わる羽目になるかもしれない相手については、知っておきたいので、朝霞と同じ方を」
朝霞と同じ方を選ぶと決めていた、ティナヤの返答は速い。




