門の無い大学と明かされる秘密 04
「これは……この世界では最高レベルの禁忌といえる、禁忌魔術中の禁忌魔術に関わるマークでね、この世界から基本的には抹消されているものだ。故に、普通の人間が目にする機会は、まず無い」
問いに答えず、迷っている朝霞の様子を察したナイルは、朝霞の答えを導き出そうとするかの様に、言葉を続ける。
「何かの間違いで普通の人が、このマークを目にしても、船の操舵輪の様な、只のマークだと思うだけだろう。だが、君は魔術に関わるマークだと知り得る状況で、このマークを見た。つまり、このマークが関わる魔術が使われた場面に、君は居合わせた経験があるという事になる」
ナイルの言う通りなのだが、まだナイルに秘密を明かして良いものかどうか、判断しかねている朝霞は、黙ったまま何の反応も見せない。
「そんな人間は、数が限られる。まず考えられるのは、禁忌魔術の使用を取り締まる、エリシオン政府直属組織のアナテマや、記憶警察なのだが……確か噂では、ララル君の彼氏は年下だったよね?」
ティナヤはナイルに問われ、頷く。
「アナテマや記憶警察に、君の彼氏の様な子供が所属している訳が無いので……必然的に、別の立場という事になる」
数秒……顎鬚を弄りつつ考え込んでから、ナイルは口を開く。
「他に考えられるのは、非合法に完全記憶結晶を扱う組織の連中や、異世界からの来訪者達……聖盗連中だろう。最近、完全記憶結晶を巡って争う連中が、このマークに関わる禁忌魔術の使い手と争う事件が、幾度か起こっているそうだからね」
紙片に描かれた操舵輪の様なマークを、朝霞に見せながら、ナイルは続ける。
「つまり、君は非合法に完全記憶結晶を扱う組織の者か、聖盗のどちらかという可能性が高いのだが……そのどちらかな?」
「その問いに、馬鹿正直に答える奴は、いないでしょう。非合法な行為を行う組織の連中だろうが、聖盗だろうが、信用出来るかどうかが分からない初対面の相手に、自分から正体を晒す訳が無いですから」
ナイルは朝霞の返答に、尤もだとばかりに、大きく頷いてみせる。
「確かに、どちらの立場でも、自分から正体を晒す訳が無いか。まぁ、私の見立てでは、君は後者……聖盗なのだろうが」
「――その根拠は?」
朝霞の問いに、ナイルはティナヤを右手の親指で指差しながら、答える。
「私にはララル君が、犯罪者をパートナーに選ぶ様な、愚かしい女性には見えないものでね」
「成る程……」
明かすべきかどうか、迷い続けていた秘密を、ナイルに言い当てられてしまった朝霞は、驚き……感心する。
そして、「油断しちゃいけないタイプの相手だな」と感じた、ナイルに対する初対面の印象は、正しかったのだと思いつつ、微妙に焦りを感じる。
「いや、でも……禁忌魔術を使う連中と、記憶警察とかが戦う場面に、偶然に居合わせて見かけた、一般人である可能性も、ありますよね?」
聖盗だと見抜かれてはいる様だが、それを初対面の相手に、簡単に認める訳にはいかない。朝霞はすっ呆けた口調で、ナイルに問いかける。
だが、その問いにナイルは答えず、左手で持っていた紙片を、テーブルの上に置く。
「誤魔化すのは止め給え、それは二つの意味で無駄だ」
ナイルは左手を朝霞の方に突き出し、言葉を続ける。
「既に私は君が聖盗だと、確信を持っている。既に確信している私に、誤魔化しの言葉を並べ立てても、無駄でしかないというのが、一つ目の意味」
突き出した左の掌を、ナイルは朝霞に開いてみせる。その上で、右手の指先で、ナイルは左掌に、六芒星を描き始める。
「そして、この世界で活動する聖盗達は、私に対して……聖盗である事を、隠す必要が無いというのが、二つ目の意味さ」
ナイルの左掌に描かれた六芒星から、手品の様に一枚の切符が、浮き出して来る。
朝霞にとっては、何度も目にした事があるデザインの、古びた切符が。
浮き出して来た切符を右手の指先で掴むと、ナイルは言葉を続ける。
「何故なら、私も……世界間鉄道で煙水晶界に来た、異世界からの来訪者なのだから」
魔術で掌にしまってある切符を、ナイルが取り出した光景を目にして、朝霞とティナヤは身を乗り出す程に驚き、目を丸くする。
その魔術をナイルが使える存在であるなどと、二人は思ってもいなかったのだから、驚くのも当然だろう。
「あんたも……聖盗だったのか!」
衝撃の余り、かなりの年長であるナイルを、朝霞は「あんた」呼ばわりしてしまう。
同年代の仲間相手には、妙なあだ名を付けて、殆ど本名では呼ばないが、年長者相手には、相応の礼儀をもって接する朝霞にしては、珍しい事である。
朝霞は、それ程に驚いたのだ。
「まぁ、正確に言えば、現役の聖盗ではなく、元……なんだがね」
驚いた朝霞やティナヤの反応が面白かったのか、ナイルの表情は悪戯に成功した悪戯っ子の様に、やや自慢げである。
先程までの深刻そうな表情を、忘れたかの様に。
「今は本職の合間に、紫水晶界から来た聖盗連中の、協力者として活動している。私も紫水晶界出身なものだから」
ナイルの言う紫水晶界とは、蒼玉界同様……煙水晶界と関わりがある異世界の一つで、紫水晶玉界ともいう。
出身の者達が紫水晶と呼ばれる、紫色の記憶結晶として作り出す為、煙水晶界では紫水晶界と呼ばれているのだ(世界名に「玉」を付けるかどうかは、正式なルールは無く、比較的長めの記憶結晶名の場合、「玉」が略される場合が多い)。
朝霞はナイルの切符の記述を、確認する。
乗車期間は「煙水晶界から紫水晶界ゆき」であり、有効期限が「有効期限切れ」となっていた。
ナイルが自分で話した通り、出身世界が紫水晶界である事と、ナイルが自分の記憶を取り戻した上で、この世界に残った事が、朝霞には確認出来た。
切符が期限切れになっているのは、記憶を取り戻した証拠なのだから。
「成る程、確かに……元聖盗で、今は聖盗の協力者なら、俺が聖盗だって事を、隠す必要性は無いか」
朝霞は、ナイルの切符を見ながら呟く。
世界間鉄道運営機構が発行する切符は、聖盗の側にいる者達にとっての、身分証明書の様なものなのだ。
聖盗を引退した者であっても、この切符を手にしている者が、聖盗を裏切る様な行動に走れば、世界間鉄道運営機構を通じて、各世界出身の聖盗達に手配書が回り、全ての聖盗達の敵となる。
そうなれば、この世界でまともに生きて行くのは困難になるので、切符を持っている者は、聖盗にとっては同じ側にいると考えて構わないのだ。