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煙る世界と聖なる泥棒 04

「――派手に光るわりには、大した威力じゃねえな! 虚仮脅しか!」


 攻撃を受けたホプライトは、安堵と嘲りの混ざり合った感じの口調で言い放ちつつ、反撃の為に、斧を再び振り上げようとする。

 だが、身体が硬直し……動かない。


「な、何だ? 身体が……動かねぇ!」


 焦り気味の声を、身体が急に動かなくなったホプライトが発する。


「おい、あれ……何だよ?」


 続いて声を上げたのは、後ろにいるホプライトの一人。

 身体が動かなくなったホプライトの周囲を指差し、驚きの声を上げたのだ。


 その指の先にあるのは、本来なら有り得ない光景だった。

 身体が動かなくなったホプライトの甲冑から、魔術式が剥がれ落ち、風に流される紐の様な感じで、魔術式が文字列となって宙に浮いていたのだ。


 剥がれ落ち、宙に浮いている魔術式の先端は、黒猫の方に向かって、蛇の様に空中を移動している。

 そして、黒猫の右手に刻まれた六芒星の中に、全て……吸い込まれてしまう。


「――あれは、奪う……あお


 金庫室の中にいて、戦いを見ていたホプライトの一人が、呆然とした感じの口調で呟く。


「奪う蒼? 何だ、そりゃ?」


 その右傍らにいたホプライトが、呟いたホプライトに問いかける。


「いや、俺も詳しく知ってる訳じゃないんだが、噂で聞いた事があるんだ」


 ボブライトは、言葉を続ける。


瀛州えいしゅうを根城にしてる聖盗……黒猫団の黒猫には、二つの妙な能力があって、その一つが『奪う蒼』って呼ばれてる、青い右手で触れた物に施された魔術を、奪う能力らしいんだ」


 そのホプライトが聞いた噂通り、黒猫は「奪う蒼」と呼ばれる能力……右手で触れた物体から、魔術を剥ぎ取る様に奪い取る能力を使ったのだ。

 黒猫に攻撃を受けたホプライトは、甲冑に固定化された、動力を伝達する魔術の魔術式を奪い取られた為、身体を動かせなくなったのである。


 ちなみに、魔術式自体に直接触れる必要は無く、魔術式が仕掛けられた「物」に触れるだけで、朝霞は魔術を好きに奪い取れる。

 まとめて全て奪っても構わないし、複数仕掛けられている場合、特定の魔術を選んで奪う事が可能だ。


「――二つって事は、もう一つあるんだな! もう一つの能力は何だ?」


 これから戦う相手の能力を知りたい、別のホプライト……最初に黒猫に近付いたホプライトが、金庫室の中の扉付近で、黒猫の能力を噂で聞いて知っているホプライトの方を振り返りつつ、焦り気味の口調で訊ねる。


「確か、『与える黒』とか言う能力だって、聞いた事がある。『奪う蒼』で奪った魔術を、黒い左手で触れた物に、与えるというか……仕掛ける能力だとか」


 その答えが終わるかどうかというタイミングで、もう一つの能力について、訊ねた側のホプライトが突如、稲妻に似てはいるが、色が真っ黒な黒い閃光に包まれてしまう。


「な、何だ?」


 黒い閃光に包まれ、戸惑いの声を上げるホプライトの背後に、何時の間にか移動していた黒猫が、左手でホプライトの背中に、触れていたのである。

 その左手の手甲に刻まれた黒い六芒星から放たれ、ホプライトを包み込んでいた閃光は、すぐに消え失せる。


 ホプライトは即座に、黒猫に反撃すべく、黒猫の方を向こうとするが、いきなり……踊っているかの様な妙な動きを、し始めてしまう。


「な、何だ? 身体がまともに、動かないッ!」


 混乱し、情けない声を上げるホプライトの全身には、黒猫の左手の手甲に刻まれた、黒い六芒星から出て来た魔術式の文字列が、蛇の様にホプライトの全身に絡み付いていた。

 そして、その半分程は甲冑に貼り付くかの如く、既に固定化し始めていた。

 元々、甲冑に刻まれ固定化していた魔術式の上に、黒猫の放った魔術式が重なり合う様に混ざる感じで。


 黒猫の持つ「与える黒」とは、「奪う蒼」で奪い取った魔術式を、左手で触れた物に強制的に施してしまう能力なのだ。

 ホプライトは元々、甲冑に施してあった動力伝達用の魔術式と、「与える黒」に施された動力伝達用の魔術式が、重なって混ざり合い、異常動作を引起した。

 故に、ホプライトは身体をまともに動かせなくなってしまったのである。


 魔術式を計算無しに重ねると、この様に大抵は異常動作を起こす。

 だが、組み合わせの相性により、魔術式の性能が向上したり、別の機能に変わったりもする。


 ちなみに、奪い取った魔術が固定化された物なら、与える場合も固定化され、純魔術式を奪った場合は、与える場合も純魔術式だけで、固定化はされない。

 今回は固定化されている魔術を奪ったので、与える際……固定化したのだ。


 僅かな間に、黒猫の放った魔術式は、甲冑に固定化され、ホプライトは身体の自由を失う。

 魔術式を奪われ身動きが出来なくなったホプライトとは違い、意味不明の動きを見せはするのだが、戦闘は明らかに不可能な状態。


 短時間で、二人の仲間を戦闘不能状態に追い込まれ、残された二人のホプライトは、甲冑のヘルメットの中で焦りの表情を浮かべながら、金庫室の中でトランクを背にして身構える。

 奪う蒼について訊ねた方は、斧を中段に構えて腰を落とし、答えていた方は、名の知られた聖盗の突然の出現に混乱し、果たし忘れていた役目を果たすべく、近くの床にし掛けてあった純魔術式の方に向かってダッシュし、故意に踏もうとする。


(しまった! あれは……)


 その純魔術式が何の魔術なのか、気付いた黒猫は、純魔術式を踏もうとしているホプライトに向かってダッシュする。

 だが、斧を構えて待ち構えていた、もう一人のホプライトが、前に踏み出しつつ薙ぎ払う様に放った斧による攻撃をかわしたせいで、一瞬……遅れを取ってしまう。


 黒猫の右手が甲冑に触れる寸前、ホプライトの右足は、純魔術式を踏んでいた。魔術は起動条件を満たし、発動する。


 突如、屋敷全体の空気が、揺れる。それ程にけたたましい、駅の発進ベルの様な音が、屋敷中に鳴り響く。


(やっぱり、警報用の魔術か!)


 ホプライトが踏んだ純魔術式に仕掛けられていたのは、発動させると、設定された通りの音を発生させる、音声再生魔術。

 娯楽用途に用いられる場合が多いのだが、ある程度離れた場所にある、幾つかの魔術式を連動させる事が可能である為、防犯用の警報としても利用される。


 金庫室の床に仕掛けられていた音声再生魔術は、発動すると屋敷の各所に仕掛けられている音声再生魔術と連動し、同時に大音量のベルの音を数秒間、再生するのだ。

 ちなみに、ベルの鳴り方の差異で、どこに仕掛けられた魔術が発動した……どこで侵入者が発見されたのかは、屋敷にいる組織の人間達全てに伝わる。


(――やばい、こりゃすぐに他所からの警備員連中が、駆け付けて来るな)


 警報用の純魔術式を踏んだホプライトから、右手で魔術式を奪い取り、身体の自由を奪いつつ、黒猫は心の中で舌打ちする。

 そんな黒猫に、最後に残されたホプライトが、再び斧で攻撃を仕掛けてくる。


 黒猫は瞬時に宙に舞い、斧の斬撃をかわすと、身体をひねり回転させつつ、勢いをつけて空中で左手を、斬撃を放ったばかりのホプライトに向け、滞空状態のまま突き出す。

 黒猫の左手は、ホプライトの右肩を掴む。


 左手甲の黒い六芒星から放たれた黒い稲妻が、ホプライトの装甲表面を駆け巡り、全身を黒い閃光で包み込む。

 金庫室に響く、ホプライトの野太い悲鳴。


 黒い閃光自体は一瞬で消え去り、黒猫は左手を支えにして、身体を回転させる様に、ホプライトを飛び越え、その背後に着地する。

 その左手の手甲からは、奪い取ったばかりの魔術式が蛇の様に伸び、飛び越えたばかりのホプライトの身体に、絡み付いている。


 魔術式は、あっと言う間にホプライトの甲冑に固定化し、元から固定化してる魔術式と混ざり合い、二つの魔術式は機能不全状態に陥る。


「畜生! まともに……動きやがらねぇ!」


 最後に身体の自由を奪われたホプライトが、口惜しげに言葉を吐き捨てる。

 バランスを失って、その場に倒れ込み、芋虫の様に床を転がりながら、黒猫に対する呪詛を吐き続ける。


 これで、黒猫は金庫室を警備していた、四人のホプライト全員の行動の自由を奪った。

 後は目的の品物を奪い、一刻も早く金庫室から逃げ出すだけだ。


 黒猫は金庫室の中央に溶接されて固定されている、金属製のテーブルの上に載せられている、海賊の宝箱に似たデザインのトランクに駆け寄る。

 トランクの下に仕掛けてある純魔術式の存在を、黒猫の目は捉える。


 変身していない時なら、ちゃんと純魔術式の性質を見切り、対処しなければならないのだが、今は変身中なので、強引に奪い取ればいい。

 黒猫は右手でトランクの下から、一部が露出している純魔術式に触れ、剥ぎ取る様に魔術自体を奪い取る。


(成る程、魔術式の上下に有る物を、一体化する融合魔術がし掛けてあったのか)


 黒猫は奪い取った魔術の性質を、瞬時に理解する事が出来るのだ。

 もっとも、黒猫の魔術知識の範囲内という制限はあり、知らない魔術の性質までは、理解は出来ない。


(トランク自体にも、鍵魔術が仕掛けてあるな)


 普通の鍵も仕掛けてあるが、トランクには鍵魔術も仕掛けてある。

 魔術は一度に一つしか奪った状態ではいられないので、トランクの鍵魔術を奪う為に、奪ったばかりの融合魔術を、左手でテーブルの上に触れて、元の場所に戻す。


 魔術を重ねて異常動作させても、事実上無効化出来る可能性が高いが、異常動作の結果、開かなくなる可能性も僅かにある。故に、黒猫は一手間多くても、魔術を奪う方を選択した。


 床に置いたトランクの、鍵の部分に仕掛けられた鍵魔術の純魔術式に右手で触れ、青い光を放ちながら、黒猫は鍵魔術を剥ぎ取る。

 魔術による鍵は外されたが、まだ普通の鍵の方は、仕掛けられたままだ。


(道具使って解除する時間が勿体無いな)


 時間に余裕があれば、掌からリュックの中の道具を取り出して(変身前に装備していた道具などは変身中、掌から手品の様に出現させたり、しまったり出来る。ただ、掌から出し入れすると、僅かに魔力を消耗する為、装束の一部を外して、中から取り出す場合もある)、鍵を解除してもいい。

 だが、鍵の解除にかける時間が、今の黒猫には勿体無かった。


 鍵の部分だけが壊れる程度に、力を制限し、黒猫はトランクの鍵を握り潰す。

 かなり頑丈に出来ている鍵ではあるが、変身中……人間離れした力を発揮出来る今の黒猫にとって、防犯対策として頑強な強度を誇る鍵であっても、簡単に握り潰す事が出来るのだ。


 戦闘タイプの聖盗ではなく、力や攻撃力……防御能力において、黒猫は余り高い能力を持たない。

 とはいっても、並の人間とは比べ物にならない程度に、それらの能力も高い。


 あっさりと鍵を破壊した黒猫は、トランクを開けて中身を確認する。

 中身を確認し、黒猫は仮面の下で、表情を弛ませつつ、喜びの声を上げる。


「――間違い無い! オークション会場で見た奴だ! 確か……この組織が落札したのは、蒼玉そうぎょくが二百個に紅玉こうぎょくが二十個、蒼玉片そうぎょくへんが七個だった筈だが、その程度の数は余裕で有りそうだな!」


 蒼玉……蒼い玉と黒猫が表現した通り、トランクの中に入っていたのは、それぞれが透明な樹脂のケースに保護されている、天井から放射される光に妖しげに煌めく、蒼く透き通った宝石の様な玉だった。

 掌に収まり切る程の、程好い大きさの蒼玉が、黒猫の言葉通りに二百個程、大型のトランクの中に、整然と詰め込まれている。


 数は蒼玉より少ないが、大きさや形状は蒼玉と同じだが、紅く透き通った玉も、蒼玉の一割程の数、トランクの中には入っていた。

 黒猫が紅玉と呼んだ物だ。


 中に入っているのは、蒼玉や紅玉などの、球状の物だけではない。

 蒼玉と同じ材質で出来ている様だが、大きさは小さく、形状も様々な……蒼玉の欠片というイメージの蒼玉片も、やはり透明な樹脂製のケースに保護され、蒼玉の上に並べられていた。


 蒼玉や蒼玉片の色や質感は、黒猫が変身する際に使用した、蒼い宝石風の結晶と同じである。

 ちなみに、蒼玉や蒼玉片より遥に小さい、黒猫が使用した物は、蒼玉粒そうぎょくりゅうという。


 中身が狙いの物である事が確認出来たので、もうこの場に用は無い。

 黒猫はトランクを閉めると、左手で壊した鍵の部分に触れ、「与える黒」を使って鍵魔術を鍵の部分に戻して、トランクに魔術による鍵を仕掛け直す。


(鍵が壊れたままだと、運び難いだろうからな)


 心の中で呟きながら、トランクの取っ手を左手で掴むと、金庫室の床を蹴って走り出す。


「――ま、待ちやがれ! 黒猫ッ!」


 身動きは出来ないが声は出せる、その場に残されたホプライト達の、恨めしげな声を背に受け、黒猫は金庫室を出て行く。

 そして、金庫室の外側にある扉を通りぬけると、地上に通じる階段に向かって、黒猫は疾風の様な速さで走り去って行く。


    ×    ×    ×





    ×    ×    ×


この三つの×印は、場面転換を意味します。

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