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門の無い大学と明かされる秘密 01

 強い陽射しが降り注いでいるせいだろうか、金糸雀色の花崗岩に覆われた、天橋大学の校舎各棟や講堂などは、何時もより鮮やかな色合いに見える。

 近付いて見れば、長年に渡り風雨に晒されたが故の罅割れや変色が見れ取れるが、遠目には古めかしく優美な外観を保つ建物が多い。


 凝った作りの窓枠に囲まれた縦長い窓や、各棟の玄関部分を支える、古い西洋の神殿を思わせる円柱。

 屋根や通路……窓枠の上部など、至る所にアーチが取り入れられた意匠など、欧大州の古い大学の建物をモデルとして、遠い昔に建てられた校舎を建て替えず、天橋大学は定期的に補修し、使い続けているのだ。


 各棟を繋ぐ通りには、並木の様に銀杏などの木々が植えてあり、キャンパス内には緑が多い。

 そういった木々の近くには、様々な学生団体が、存在をアピールする立て看板などがあり、大学らしい雰囲気を醸し出している。


 学ぼうという意志がある者には、常に門を閉ざさないという、大学創立以来の姿勢から、天橋大学は「門の無い大学」を標榜していて、正門は休日だろうが夜だろうが、常に開かれた状態になっている。

 その為、天橋大学の学生や教職員以外の人達も、自由にキャンパスに出入り出来るのだ(実際、単位や学位を得られるのは、正規の学生だけだが、講義の聴講自体は申請すれば、定員オーバー以外の理由で断られる事が無い程、「門の無い大学」としての姿勢は、徹底している)。


 もっとも、午後三時の手前である現在、キャンパス内を闊歩しているのは、三時限目を終えて、四時限目の授業が無い学生達が殆どなのだが。

 商学部の学部棟である十一号棟の玄関から姿を現したティナヤも、その一人である。


 目に眩しい白い半袖のブラウスに、マキシ丈のデニムのスカート、キャラメル色の革製の肩掛け鞄という、女子学生らしい爽やかなファッションのティナヤは、同じ学部の友人達と一緒だった。

 女性の友人二人に、男性の友人三人と。


 六人は十一号棟の玄関近くの、通行の邪魔にならない場所で立ち止まり、会話を始める。


「――みんな、この後……授業入って無いよね?」


 女性の友人の一人が、友人達に問いかける。

 紫陽花の様な色合いのスリムなパンツを穿き、青いチェックのカラーシャツを着た、ウエーブのかかった柔らかなセミロングの、大人っぽい雰囲気の女子学生である。


「他に予定無いなら、みんなで何処か遊びに行かない?」


 男性三人と女性一人は、その誘いに応じる。

 誘った本人とティナヤ以外の五人は、特に予定が入っていなかったのだ。


 だが、予定が入っていたティナヤは、その誘いを断る。


「ごめん、私はパス。用事入ってるんだ」


 ティナヤの返事を聞いて、女子学生二人より、男子学生三人の内の二人が、残念そうな表情を見せる。

 金髪で女顔の、ボーダーシャツの男子学生と、白いワイシャツにジーンズという、爽やかなファッションの、茶髪の男子学生が。


「ひょっとして、あの年下の彼氏とデート?」


 悪戯っぽい表情を浮かべて、セミロングの女子学生が、ティナヤに問いかける。


「違うよ、今日は調べ物」


 素っ気無い口調で、ティナヤは否定の言葉を口にする。


「本当かな?」


 訝しげな口調で、ティナヤに訊いたのは、右隣にいるボーイッシュな長身の女子学生。

 タイトなジーンズに、袖をまくったデニムシャツという出で立ちの、ショートヘアが似合う女子学生は、言葉を続ける。


「ティナヤは男が出来てから、露骨に付き合い悪くなったもんねー。今日も本当は、デートなんじゃないの?」


「違うってば! ちょっと大利根おおとね教授に訊きたい事があるんで、今日はこれから、歴研れきけんに行くの!」


 歴研とは、歴史研究所の略称だ。

 煙水晶界や統一国家エリシオンについての歴史だけでなく、魔術史に関する研究なども行う、天橋大学の研究所である。


「大利根教授に? ああ、そういえば……ティナヤは一般教養で、大利根教授の魔術史の授業、取ってたもんね」


 セミロングの女子学生の言葉に、ティナヤは頷く。


「フィールドワークで、暫く他の州の秘境を回ってた歴史の教授が、最近……大学に戻って来たんだけど、その教授が魔術師でもあって、魔術にも詳しいんだ」


 昨夜、そう朝霞にティナヤが説明していた教授が、大利根教授である。

 昨年の前期の授業を終えた後、大学では授業を行わず、半年程研究の旅に出ていた大利根は、この春から大学に教授として復帰した。


 ティナヤは大利根教授の、魔術史の授業を取っているのだ。

 そして、今朝……大学に来た直後、ティナヤは大利根が普段、大学での居場所としている、歴史研究所を訪れていた。


 その時、大利根教授は歴史研究所には、いなかった。

 だが、歴史研究所の事務員から、今日の四時限目、大利根教授はスケジュールが空いていて、歴史研究所にいるという話を聞いたので、ティナヤは面会の予約を入れておいたのである。


「――そういう訳で、三時に歴研で大利根教授と会う事になってるから、そろそろ行かないと」


 腕時計を見て時間を確認し、ティナヤは続ける。


「じゃあ、またね!」


 友人達に軽く手を振り、別れの挨拶を口にすると、ティナヤは五人に背を向ける。

 友人達の別れの挨拶を背に受けながら、ティナヤは学生達が行き交う通りを、歩き始める。


 直後、ティナヤは気付く……十一号館の玄関前の通りに立ち並ぶ、銀杏並木の一本に寄りかかっている、朝霞の存在に。

 茂る緑の枝葉が程好く日を遮る、銀杏の木の下で、天橋焼きらしき物を食べている朝霞が、ティナヤの視界に入ったのだ。


 目が合い、ティナヤが自分に気付いたらしいと察した朝霞は、食べかけだった天橋焼きを、一気に口の中に放り込み、包み紙を近くにあったゴミ箱に投げ入れてから、ティナヤの方に歩み寄って来る。

 そして、朝霞に気付いて立ち止まっていたティナヤの元に、すぐに辿り着く。


「朝霞! 今日は情報集めで、あちこち回るから忙しいって言ってたのに、どうして此処に?」


 図書館や本屋を回り、情報や必要な本などを揃えている筈の朝霞が、大学にいる自分に会いに来ただろう事に、少し驚きながら、ティナヤは朝霞に問いかける。


「大学の近くまで来たから、バニラの顔でも見ていこうと思ってね」


 さらりとした口調で、朝霞が返した言葉を耳にして、ティナヤは表情を緩ませる。


「バニラって呼ぶの、止めてくれるかな?」


 抗議の言葉を、ティナヤは口にする。

 だが、朝霞に顔を見に来てくれたと言われたのが嬉しいせいか、表情も声のトーンも、嬉しげである。


 謎の青年がティナヤについて、調べているらしいと知り、朝霞はティナヤの事が気になり、不安になった。

 故に本屋での買出しを終えてから、ティナヤの顔を見て無事を確認したいが為に、天橋大学を訪れたのだ。


 今日のティナヤの授業が、三時限目迄なのは知っていたし、商学部に在籍するティナヤの授業は大抵、商学部の学部棟である十一号館で行われる。

 故に、三時限目が終わる少し前の時刻に、天橋大学に辿り着いた朝霞は、十一号館の玄関の様子を窺える場所……銀杏の木の下で、ティナヤが出て来るのを待っていたのである。


 天橋焼きを食べて、空腹を満たしながら。

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