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塗炭通りと商店街 04

 屋台の向こう側にいる、やや前髪が薄い、小太りの中年店主に、朝霞は声をかける。


「――おっちゃん、天橋焼き一つ」


 何も買わずに話だけ訊くのは悪いだろうと思い、朝霞はとりあえず天橋焼きを注文する。


「はい、天橋焼き一つ! 餡子とチョコとチーズとクリームがありますが、どれにします?」


「オレンジは無いの?」


「オレンジは……無いですね、すいませんが」


「じゃあ、餡子で」


「天橋焼き、餡子一つ! 百煙になります!」


 店主は保温用らしき魔術機器の上に乗っていた、片手で握るのに丁度良い大きさの、黒い円錐状の天橋焼きを手に取ると、包み紙で包み始める。


「あ、それと……さっき髪の長い、女みたいな顔した兄ちゃんと、何か話し込んでた様に見えたけど、何の話してたか、話してくれないかな?」


 ただ訊くだけでは、他の客との会話内容など、話さない可能性も高いので、朝霞は店主が話したくなる様に、言葉を付け加える。


「話してくれたら、あと九個買ってくけど、天橋焼き」


「――いや、お客さん……買ってくれるのは有り難いけど、あの女みたいなお客さんとは、別に大した話はしてませんぜ」


 何故、そんな事を知りたがるのかが、不思議だと言わんばかりの顔で、店主は続ける。


「それでもいいのなら、別に隠す様な話でもないんで、話して欲しいというなら、話すけど……」


「だったら、頼むよ」


 朝霞はツナギのポケットから、裸で持ち歩いていた千煙札を抜き出すと、店主の方に差し出す。


「――十ヶ月前に塗炭通りで起こった、妙な事件の噂……知ってるかい?」


 店主は千円煙を受け取り、現金箱の中に突っ込みながら、朝霞に問う。


「あの塗炭通りで、何者かが女を巡って魔術で戦って、その後……警察が来た直後に、戦いで負けたらしい連中が、自殺するみたいに燃え尽きちまったとかいう、あの噂かい?」


 朝霞の問いに、店主は頷く。


「あの噂……ただの噂じゃなくて事実でね、警察に通報したのは、この辺りの屋台や店の連中なんだ。驚いたよ、いきなり塗炭通りで馬鹿共が、あちこちぶっ壊しながら、魔術で戦い始めたもんだから」


 馬鹿共扱いされてしまった者達の一人だった朝霞は、苦笑する。


「さっきのお客さんは、その馬鹿者共や、馬鹿共が奪い合ってた女ってのが、どんな奴等だったか訊ねたんで、知ってる範囲で答えただけですよ。特に……女について、知りたがってたみたいだねぇ」


(特に女についてって事は、バニラについて知りたがっているのか、あいつは?)


 朝霞は心の中で呟きながら、店主に尋ねる。


「――で、その馬鹿共や……女ってのが、どんな奴等だったと答えたんだい?」


「燃え尽きた連中は、黒尽くめの魔術師連中で、そいつ等を倒したのは、妙ちきりんな格好をしてた……たぶん変身した聖盗連中だろうって」


 店主は朝霞が注文した分の天橋焼きを、一つずつ包み紙で包みながら、話を続ける。


「それと……馬鹿共が奪い合ってた女は、金髪で白っぽい服を着てたって答えたよ。まぁ、事件の後に警察にしたのと同じ話さ。遠くから見てただけだから、どんな顔だかは分からなかったし、何処の誰かなんて訊かれても、分かりはしないよ」


 店主が青年に話した内容が、ティナヤや自分達……黒猫団を、その事件と結び付けるには、不十分過ぎである事に、朝霞は安堵する。

 朝霞達が聖盗である事は、事実上仲間や協力者しか知らないし、金髪の女は天橋市には沢山いるので、事件の目撃者からの情報を得た上で、あの青年がティナヤを探しても、警察同様見つけられる訳は無いのだから。


「あの兄ちゃんに話したのは、それだけ?」


 朝霞の問いに、店主は大きな紙袋に、包み紙に包んだ十個の天橋焼きを入れながら、答える。


「それだけさ。あのお客さん、うちだけじゃなくて……他の屋台の連中にも、うちと同じ事を訊いて回ってたみたいだが、似た様な答しか、貰って無いんじゃないかな」


「他の屋台にも、訊いて回ってたの?」


「ああ、お客さんが来る少し前に、知ってる屋台の奴が、『さっき、お前の屋台に来てた、髪の長い奴……あの事件の話を訊いただろ?』って、訊きに来たんだよ」


 店主は別の屋台の店主を指差す。天橋焼きの屋台の店主と同年代の、天橋パンという黒っぽい菓子パンを売る屋台の、男性店主である。


「何でも、そいつの所や……他の屋台の連中にも、あの髪の長いお客さんは、同じ事を訊いて回ってたらしいんで、気になったとかで。話を訊く度に品物を買って行くらしい、律儀なお客さんだったそうだから」


(ああ、そういえば買った天橋焼きを、紙袋の中に入れてたな。あの紙袋の中、話を訊いて回った屋台とかで買った物を、入れてた訳か)


 青年が手にしていた紙袋が何に使われていたのか、朝霞は気付く。


(いや、まぁ……そんな事はどうでもいいんだけど)


「はい、お客さん……ご注文の天橋焼き、十個入り」


 店主は天橋焼きが入った茶色い紙袋を、朝霞に差し出す。


「――他に何か、訊きたい事は?」


 少し考えてみるが、特に他に訊きたい事は無かったので、朝霞は首を横に振りつつ、店主から紙袋を受け取る。


「色々参考になったよ、有難う」


 朝霞は店主に礼を言って、軽く頭を下げると、踵を返して屋台に背を向け、歩き出す。


「お買い上げ有難う御座います、またどうぞ!」


 良く響く店主の声を背に受けながら、朝霞は商店街を歩いて行く。

 当初の目的地であった本屋通りを目指して、午後の強い陽射しに焼かれる道を、朝霞は歩く……物思いに耽りつつ。


(特に女……バニラについて、知りたがってたらしいな、あいつ……。何故だ?)


 店主の話を思い出した朝霞は、自問する。

 あいつとは、胸に完全記憶結晶の翠玉を埋め込んでいる、青年の事である。


 無論、その問いに対する答えなど、朝霞は思い付かない。情報が余りにも、足りなさ過ぎるのだ。


(あいつが何故、バニラについて知りたがってるのかも分からないし、通路を通って何処に消えたのかも分からない)


 分からない事だらけの現状に、朝霞は嘆息する。

 そして、自分と敵対しているだろう青年に、存在を嗅ぎ回られているティナヤの事が、急に朝霞は心配になってくる。


 自分の仲間が敵だろう相手に、調べ回られているのだから、その仲間の身を案じるのは、当り前の心理と言える。


(まぁ、バニラに繋がる様な情報は、得られている訳も無いし、考え過ぎだろう)


 朝霞の理性的な思考は、そう判断する。それでも一度……頭に浮かんだ不安は、消え去りはしない。


 歩き続ける朝霞の心の中で、その不安は次第に膨れ上がり続ける。

 あたかも、水桶に零れた墨汁が、澄んだ水を黒く染めて行くかの様に。


(――本屋で資料買ったら、大学に寄ってみるか)


 無事なティナヤの顔を見れば、不安は消えるだろうと、朝霞は考えたのだ。


「ま、差し入れに丁度良い食い物もあるしな。幾ら腹が減ってるといっても、俺だけで食べるには、少しばかり多過ぎるし」


 左手で抱えている、天橋焼きが詰まった紙袋に目線を落としつつ、朝霞は呟き続ける。


「十個全部……餡子ってのは、バランス悪かったか。バニラに持ってくなら、クリームやチーズも混ぜとけば良かったかねぇ? あいつ乳製品好きだし……バニラだけに」


 物思いに耽りながら、強い陽射しに照らされた、人通りの多い通りを歩いている内に、道の両側の景色が変わる。

 少し前までは、様々な店が並ぶ商店街だったのに、何時の間にか……道の両側に並ぶ店は、全て書店になってしまっている。


 目的地である本屋通りに、朝霞は辿り着いたのだ。


「ま、とりあえず……さっさと買い物、済ませよう」


 そう呟きながら、右斜め前にある煉瓦造りの大きな書店に、朝霞は歩いて行く。

 目当てとしていた、観光ガイド本などの海外に関する本が充実している、古びた外観の書店に……。


    ×    ×    ×





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