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塗炭通りと商店街 03

 だが、青年は朝霞の尾行に、気付いた訳では無かった。

 その場にしゃがみ込み、青年は路面に右手で触れるかの様な、動きを見せ始めた。


 他の部分より、黒ずんで見える路面の状態を、右手で触れて確認するかの様な青年の様子を見て、朝霞は心の中で呟く。


(あれは……バニラを襲った連中が、自決するみたいに燃え尽きた時の、焦げ跡!)


 直後、朝霞は青年が、単に路面の焦げ跡に手で触れていただけでは無い事に、気付く。

 青年が手で触れてた部分に、黒い線が引かれ……純魔術式が書き込まれ始めているのを、朝霞の目が視認したからだ。


 攻撃魔術の発動を警戒した朝霞は、警戒レベルを上げる。

 距離がある上、小さな純魔術式だった為、それが何の魔術に使われる為に純魔術式だかまでは、屋根の上から見下ろす朝霞には分からない。


 完成した純魔術式は、即座に黒煙を撒き散らしながら発動する。

 だが、特に何か……朝霞が視認出来る程の現象も引起さずに、純魔術式は空気に溶ける黒煙と共に、ほんの数秒で跡形も無く消え失せる。


(――攻撃魔術じゃ無いな。ああやって、すぐに純魔術式が消えるのは、調査用の魔術に多いが……。魔術を使って、あの焦げ跡を調べてるのか? だとしたら、何故?)


 頭に浮かんで来た疑問に対する答えを導き出すべく、頭を巡らす朝霞の目線の先で、青年は用事は済んだとばかりに立ち上がる。

 そして周囲を見回し、誰もいない事を確認すると(実際は屋根の上に朝霞がいるのだが、それには気付かずに)、右手だけでワイシャツのボタンを外し、胸元を肌蹴る。


(翠玉か!)


 胸元から顔を覗かせた、翠色の球体……翠玉の存在を、朝霞は視認する。

 斜め上から見下ろしているせいか、操舵輪風のマークは形が歪んで見えて、視認し難いのだが。


 青年は右手で、胸の翠玉に軽く触れる。

 すると、翠玉はエメラルドグリーンの光を放ち、青年の前の路上を、翠色に染め上げる。


 エメラルドグリーンの光は、ほんの数秒で消える。

 光が消え失せた後、光に照らされていた路上には、直径三メートル程の大きさがある、円形の純魔術式が記述されていた。


 純魔術式のサイズが大きかったせいか、魔術式を記述する魔術文字の一部が、屋根の上にいる朝霞にも、視認出来た。

 視認は出来たのだが、朝霞には理解出来なかった。


 その純魔術式は、煙水晶界の主流魔術であり、朝霞にも理解出来る、エリシオン魔術文字ではなく、別の種類の魔術文字で記述されていた。

 完全記憶結晶の消滅処理の際、完全記憶結晶に浮かび上がる魔術式が、大抵……記述されているタイプの、サンスクリット文字に似た魔術文字である。


 だが、その魔術文字を朝霞は、別の場面でも目にした経験があった。

 そして朝霞が頭に思い浮かべたのは、その別の場面で目にした魔術文字の方だったのだ。


 何故なら、その魔術文字で書かれた純魔術式の中央部分には、真っ暗な穴が口を開けていたからである。


(あれは……あの穴が開いている純魔術式は、大忘却の時の!)


 大忘却の際、川神高等学校の校庭に出現していた、巨大な黒い穴……。

 多数の蒼玉を吸い込み、謎の二人の青年が飛び込んで姿を消した巨大な穴と、その純魔術式は良く似ていた。


 あの時、校庭に出現した巨大な穴はの周囲には、サンスクリット語の文字に似た文字や文様で、何かが書き込まれていた。

 魔術に関する知識を得た後に、朝霞は気付いたのだ、それらの文字や文様は、純魔術式だったという事に。


 つまり、あの時の校庭には、サンスクリット文字に似た魔術文字で記述された、巨大な純魔術式が出現していたのだ。

 そして、純魔術式の中央に開いた巨大な穴の様な通路を作り出し、人や物を移動させるのが、あの純魔術式の機能だったのだろうと、今の朝霞は考えている。


 青年が出現させた純魔術式は、校庭に出現した純魔術式と、良く似ていた。

 校庭に出現したものは黒で、塗炭通りに出現したものは翠という、魔術式の色の違いや、大きさの違いは有るのだが。


(多少……違う点もあるが、あの時の純魔術式と似ているのだから、あの翠の純魔術式の穴にも、何処か別の所に通じている、通路みたいな機能があるのかも?)


 眼下に出現した純魔術式が、通路としての機能を持つものだという考えが頭に浮かび、朝霞は焦る。

 大忘却の際、二人の青年が純魔術式の中にある穴を通り、何処かに消え去った光景を、思い出したからだ。


(しまった! 通路を作り出したって事は、今回も移動するのか!)


 大忘却の際と同様、穴の開いた純魔術式を利用し、青年が何処かに姿を消すつもりでは無いかと、朝霞は考えた。

 そんな朝霞の考えは、外れていなかった。


 正面の路上に出現させた、純魔術式に向かって跳躍すると、その中央に口を開けている穴の中に、青年は足先から飛び込む。

 そのまま青年は、あっと言う間に穴の中に姿を消してしまう。


(やばい、逃げられちまう!)


 朝霞は即座に、純魔術式の中央に口を開けている穴目掛けて、屋根の上から飛び降りるが、既に手遅れであった。

 朝霞が辿り着くより前に、青年が姿を消した穴は閉じ、純魔術式は溶ける様に、消え失せてしまったからだ。


 青年の尾行に、朝霞は失敗してしまったのである。口惜しげに、朝霞は舌打ちをする。

「――いや、通路には部外者向けのトラップが、仕掛けてあった可能性もあるし……」


 通路を自分が通っていた場合に、起こり得た可能性を、朝霞は分析してみる。


「そうでなかったとしても、奴等の仲間が待ち構えているかもしれない、通路の先に一人で行くのは、自殺行為に近い。ここで尾行が終わったのは、むしろラッキーだったのかも」


 自嘲気味の口調で、朝霞は呟き続ける。


「まぁ、『あの葡萄は酸っぱいに違い無い』と同じ、負け惜しみなのかもしれないが」


 出来れば青年の正体や情報を、もう少し得ておきたかったというのが、朝霞の本音。

 尾行途中で、相手に逃げられた自分に対して、不甲斐なさを覚えつつ、朝霞は先程……青年が何かを調べていた、黒い焦げ跡に歩み寄る。


「この焦げ跡の、何を調べていたんだ?」


 朝霞は思考を巡らす。

 だが、この焦げ跡に関係する存在が、ティナヤと……ティナヤを襲った連中程度しか、朝霞には思い浮かばない。


(完全記憶結晶を胸に埋め込んでる連中は、バニラか……バニラを襲った連中と、何か関わりがあるのか?)


 色々と疑問が頭に浮かぶが、情報が少な過ぎて、現状まともに推理出来る状態ではないなと、朝霞は思う。

 そして、他に何か青年が残した情報は無いかと考えて、朝霞は思い出す……謎の青年が天橋焼きの屋台の店主と、何か話し込んでいた光景を。


「あの屋台のオッサンに話を聞けば、何か分かるかもしれないな……」


 そう考えた朝霞は、即座に本屋通りの手前にある、短い商店街に向かって駆け出す。

 塗炭通りを駆け抜けると、大通りを渡って商店街に入り、一分もかからずに黒い屋台の前に辿り着く。

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