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塗炭通りと商店街 02

 自治体が大雑把な補修は行ったものの、基本無人であるせいか、補修は行き届いておらず、朝霞達と黒尽くめの男達の魔術戦闘のダメージが、あちらこちらに残っている。

 塗炭の壁や建物には、破損したままの箇所が多数あり、空き地となっている場所に置き捨てられている、元から廃車状態だった魔動自動車は、朝霞達の戦闘時の流れ弾を食らって大破した姿を、晒したままだ。


 アスファルトに似た素材が敷き詰められた路面の、あちらこちらに黒ずんだ焦げ跡がある。

 朝霞達と黒尽くめの男達の戦闘による跡もあれば、黒尽くめの男達が自決同然に燃え尽きたせいで出来た跡もある。


(――結局、何だったんだろうねぇ、あの事件は?)


 それらの焦げ後を見下ろしつつ、朝霞は自問するが、答えなど出る訳が無い。

 あの事件は結局、警察もまともに調べぬまま、有耶無耶になり終わってしまったのだ。


 加害者である黒尽くめの男達は自決し、存在自体が消え失せてしまった。

 加害者側から被害者を守った朝霞達も、警察沙汰を避けたいが為、被害者であるティナヤと共に、行方をくらませた。


 朝霞達が警察沙汰を避けたかったが故に、朝霞達に恩義を感じていたティナヤも、警察沙汰を避けるべく、被害届を警察に出さなかった。

 結果として、警察からすれば被害届も無い上、ろくな手がかりも無かった為、まともな捜査は行われなかったのである。


 ちなみに、事件が警察に通報された事から分かる通り、一応……事件の目撃者は存在した。

 塗炭通りの近くにいた人達が、遠くから目撃して、事件を警察に通報したのだから。


 だが、それらの目撃者達は、派手な魔術戦闘が行われていたのを目撃していたが、その場にいた者達が誰なのか、発見が可能になる程の情報を、得てはいなかったのだ。

 戦いに巻き込まれるのを恐れ、離れた場所から恐る恐る見ていた為である。


 結果として、目撃者は一応数名いたのだが、目撃者達は警察の捜査の手がかりには、ならなかった。

 だが、それらの目撃者が出所となり、事件は噂としては広まる事になった。


 塗炭通りで派手な魔術戦闘が行われ、色々と壊された上、戦いに負けた側が自決でもするかの様に、警察が来た頃に燃え上がった的な話が、天橋市で一時期、人々の話題になったりはしたのだ。

 もっとも、噂自体は数週間で、人々の話題に上る事は無くなってしまったが。


 ちなみに、朝霞達も聖盗としての仕事の合間に、色々と黒尽くめの男達の正体など、事件の真相を調べてはみた。

 だが、結局は何も分からなかったのである。


 ティナヤと出会った時の事を思い出した懐かしさや、あの事件の真相が分からない心許なさ、黒尽くめの男達の正体に対する興味など、様々な感情が入り混じった状態で、朝霞は塗炭通りを独り……歩き続ける。

 本屋通りに向かって。


 塗炭通りを抜けて大通りを渡ると、雑貨屋や飲食店などが並ぶ、短い商店街が姿を現す。

 本屋通りと同じ通りにある商店街で、ここを抜けると本屋だらけの通りに辿り着く。


 先程まで歩いていた、塗炭通りの廃れ具合が嘘の様に、カラフルで洒落た店が並んでいる。

 天橋大学の学生や、他の教育機関に通う若い生徒達向けの店が多いのだ。


 店の前のスペースにテーブルや椅子を並べた、オープンカフェ風の店では、大学生のカップルらしき男女が、コーヒーやケーキと会話を楽しんでいる。

 ジャンクフードやスィーツの屋台なども出ていて、若い客達で賑わっている。


 主に屋台からの物だろう、通りを流れて来た甘い匂いに、朝霞は食欲をそそられる。


「昼は軽くしか食べてないから、少し腹が減ったな。本屋に行く前に、何か食べてくか」


 オープンカフェや屋台の光景と、流れて来る匂いの誘惑に、朝霞は負ける。

 朝霞は軽く腹を満たそうと決め、その場で立ち止まると、回りを見回して屋台を物色する。


 楽しげな気分で、数台の屋台を見比べていた朝霞の視界が、とある人物の姿を捉える。

「天橋焼き」という、天橋を象った黒い円錐状の焼き菓子(中には餡子が入っていて、生地はイカ墨で黒いが、味は鯛焼きや回転焼きと似ている)を売る、天橋と色を合わせているのだろう、黒く塗られた屋台の前にいる、青年の姿を。


「――!?」


 その青年の姿を目にして、朝霞は心臓が止まりそうになる程の衝撃を受け、驚きの声を上げそうになるのを、必死で堪える。

 こんな所で、今……出会うなどとは思ってもいなかった青年の姿が、いきなり視界に入ったので、朝霞は驚愕したのだ。


 見間違いの可能性もある、朝霞は一度……大きく深呼吸してから、その青年の顔を、しっかりと見定める。


(見間違いじゃない……服装は違うが、あいつだ!)


 一度だけしか見た事は無い相手だが、朝霞にとっては忘れ得ぬ相手。

 間違っても、見間違える筈など無い相手なのだ。


 服装は以前とは違い、翠色のチャイナドレス風のものではなく、街中でも目立たない、モスグリーンの半袖のワイシャツに、鬱蒼とした森の樹々の葉を思わせる色のパンツという、地味なもの。

 だが、長身で女性的な顔立ち、長い黒髪をポニーテールにしている青年は、明らかに大忘却時に、川神高等学校の校庭で朝霞が目にした、胸に完全記憶結晶を埋め込んでいた青年達の、片割れだったのだ。


 大忘却の発生時に見かけた、二人組の青年達の姿を、朝霞は思い出す。

 そして、髪型がポニーテールであり、服装が以前と違うとはいえ、色の系等が緑系である事から、今……朝霞が視界に捉えているのは、翠玉を胸に埋め込んでいた、ポニーテールの方なのだろうと、朝霞は推測する。


(――どうする?)


 自分達が煙水晶界に来る原因を作っただろう相手であり、尚且つ恐ろしい魔術戦闘能力を持っている可能性が高く、おそらくは敵であろう相手との、いきなりの遭遇に、朝霞は驚き焦り……混乱する。

 どう対処すべきが、思考能力を総動員して、考える。


(捕まえて……情報を得たいんだが、完全記憶結晶を胸に埋め込んでる連中は、仮面者に変身した聖盗以上の戦闘能力を持っている可能性がある。一人で戦いを挑んでも、捕えるどころか、返り討ちにあいかねないな)


 戦いを挑むのは、現時点では無謀だと判断し、朝霞は戦いを挑んで青年を捕えるという選択肢を、捨てる。

 蒼玉を消費する形で利用する相手と、蒼玉を奪い合う状況なら、無謀であろうが戦いを挑まざるを得ないケースがあるだろうが、今現在は偶発的な遭遇であり、蒼玉を奪い合う状況では無いのだ。


 他の選択肢について、朝霞が頭を巡らせている間に、状況は動き始める。


(動いた!)


 天橋焼きの屋台の前で、店主と何か話していた青年は、店主に小銭を渡して、代わりに天橋焼きを受け取ると、店主に軽く頭を下げて礼をしてから、左手に持つ茶色い紙袋の中に、包み紙に包まれた天橋焼きを入れ、屋台に背を向けて歩き出したのだ。

 朝霞が歩いて来た方向……塗炭通りがある方向に向かって。


(この場は……とりあえず後をつけるべきか)


 青年が動き始めた為、朝霞は尾行という選択肢を選ぶ。

 戦いを選び難い状況である以上、少しでも多く、謎の青年に関する情報を得るには、それが現時点でベストな選択だと、朝霞は考えたのだ。


 朝霞は気配を消し、青年を尾行し始める。

 不自然にならぬ様、十メートル程の距離を取り、青年の後を歩いて行く。


 程無く、青年は短い商店街を出て、大通りに出る。

 そのまま大通りを渡り、青年は塗炭通りに入って行く……商店街を違い、人気の無い塗炭通りに。


(塗炭通り? ここは殆ど人がいないから、尾行が目立つな)


 朝霞は塗炭通りの入り口で、少しだけ悩む。

 そのまま塗炭通りを歩いて青年を尾行すると、青年に気付かれる恐れがあると考えたのだ。


 密かに青年の様子を探りたかった朝霞は、塗炭通りの道を歩いて、青年を尾行するのを止める。

 路面を蹴り、ひらりと宙に舞うと、通りの両側に立ち並ぶ、バラック小屋の屋根の上に飛び乗る。


 そのまま、朝霞は足音を立てず、猫の様に屋根の上を歩き、青年を尾行する。

 バラック小屋の高さは不揃いであり、物陰の様になっている箇所が多く、身を隠すには困らない。


 朝霞は気配や足音を消すのが得意な上、屋根の上からという変則的な尾行のせいで、青年は朝霞の尾行に、気付く様子は無い。

 青年は淡々と、塗炭通りを歩き続ける。


 そして、突如……青年は立ち止まる。


(――気付かれたか?)


 焦りの表情を浮かべながら、朝霞は屋根の上で身構える。

 戦う為では無く、その場から即座に逃げられる様に、身構えたのだ。

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