死亡遊戯 70
(俺だけじゃない、八部衆に追われていない、蛇女の前にも雲は現れた。これは、俺らを逃がさない為の魔術、香巴拉の結界魔術ってとこか)
結界魔術だと考えたのは、追撃を受けている自分だけでなく、受けていないオルガの前にも、雲が現れたから。おそらくは広範囲に展開された結界の有効範囲から、逃れようとする者を遮る形で雲が現れ、結果内に戻すシステムなのだろうと、朝霞は推測した。
(攻撃は通じるか? 高度な結界だし……雲自体に魔術式があれば、奪えるんだが)
朝霞は上昇を止めると、再び北側を目指し、狙い撃ちされぬ様に蛇行しつつ、水平飛行に入る。どこまで上昇すれば、煙が姿を現すかは不明だが、北に向って水平飛行すれば、数秒で煙が出現する辺りに入れるのは、既に経験済みである為、朝霞には分かっていたからである。
再び北に向って飛び始めた朝霞の前に、予想通りに雲……鏡雲壁が姿を現す。朝霞は飛びながら背後を確認し、エンリケとアリリオが接近して来るのを視認。
目線を鏡雲壁に戻してから、朝霞は目に魔力集めて、魔術式を見ようとする。だが、魔術式らしきものは、鏡雲壁にも周囲にも確認出来ない。
(――雲の辺りにはないみたいだな。法輪の魔術式を、そのまま使ってるタイプか)
そう結論付けた朝霞は、身体を起して右脚を伸ばしながら、時計回りに高速で回転。周囲の空位を渦巻かせる程の回転蹴り……旋風蹴りを放ちながら、鏡雲壁の中に向って突進する。
強烈な風を起せる程の旋風蹴りが、雲には有効な気がしたので、斧や六芒手裏剣ではなく、旋風蹴りを選んだ理由。だが、周囲の空気を渦巻かせ、小さな竜巻を纏いながら、飛び込んで来た朝霞を、鏡雲壁は南に向けて、あっさりと放り出してしまう。
遠くから朝霞と鏡雲壁を目にしたら、飛び込んで来た朝霞を、鏡雲壁が鏡や壁の様に撥ね返した感じに見えただろう。回転を止めて急停止した朝霞が、振り返って鏡雲壁の状態を確認すると、鏡雲壁は何事も無かったかの様に、存在し続けていた。
まだ朝霞が近くにいるので、消えてはいないものの、朝霞が遠ざかれば、これまでと同様に、大気に溶け込む様に消え去るのだが。
(魔術式も無い、攻撃も効かないとなると、こりゃ雲じゃなくて術者の方を、どうにかしないと駄目か)
仮面の下で困り顔を浮かべながら、朝霞は振り返るのを止め、迫り来る術者の方に目をやる。迫り来るエンリケと、その背後にいるアリリオの姿が、朝霞の目に映る。
(外には出れない結界の中、姿を消そうが方向は把握されるから、煙幕は俺の方が不利になるので使えない。俺よりスピードは遅い様だし、ここは逃げ続けるべきか)
そう考えた朝霞は、南東方向に向いつつ、上昇を開始する。左斜め上に向い、高速飛行を開始したのだ。
(かなりの広範囲に展開されてる結界だ、完全記憶結晶を魔力源にしていても、長時間の展開は不可能な筈!)
朝霞の読みは、基本的には正しい。様々な機能を合わせ持つ太陽系牢を、半径五キロという最大といえる規模で展開するのは、エンリケにとっても負担は重く、長くはもたない。
三十分はもたないだろう前提で、エンリケは太陽系牢を展開した。逆に言えば、三十分もあれば、自分達は朝霞達を殲滅可能だと、エンリケは考えているのだ。
そんなエンリケはアリリオと共に、空中で方向転換、南東に向って上昇を始めた朝霞を追い続ける。
「逃げてばかりじゃねえか! 戦う気ねぇぞ、黒猫の野郎!」
エンリケは苛ついた風に、声を上げる。
「黒洞展開して、飛べなくしちまうか?」
光源を潰し、移動用魔術の魔術式を、機能停止に追い込める、エンリケの魔術的結界……黒洞なら、飛行用魔術を封じる事が出来る。
「太陽系牢と黒洞を、同時に大規模展開して、太陽石が持つのか? 相当な広範囲に展開しないと、あの速さの黒猫を捕らえるのは難しいぞ!」
アリリオに問われたエンリケは、胸元の太陽石を確認しつつ答を返す。
「正直、キツイな。大規模な結界は、魔力を食い過ぎる」
直径がキロ単位の大規模な結界を、ミルム・アンティクウスや宝貝の力無しに展開出来るのは、八部衆のみ。八部衆であっても、二つも大規模な結界を展開してしまえば、まともに戦えるだけの魔力が残らないのは確実。
そして、太陽系牢や黒洞は、エンリケ固有の魔術であり、アリリオが代わりにという訳にはいかない。
「私の紅色巨型地は、既に飛行中の相手には、効果が無いから……一度は墜とさなければ、奴の飛行能力を封じられない」
アリリオは急減速して空中静止すると、胸の紅玉に両手で触れ、魔力を両腕に移す。速射星弾を放った時よりも、紅玉と腕の光が強い事から、費やされる魔力の量が、速射星弾以上であるのが分かる。
「これで仕留められれば良し、仕損じても墜としてみせる!」
そう言い放つと、アリリオは赤い光を放つ両腕を空に向け、身体と両腕で「Y」の字を描く。開いた両掌から、赤い稲妻の如き光が放たれ、アリリオの頭上に光が集まり始める。
アリリオの頭上に集まった光……赤い光球は、膨大な魔力を変換して、アリリオが作り出した、強烈な破壊エネルギーの塊。両腕を光らせていた魔力を全て、破壊エネルギーに変換し終えると、アリリオは赤い光球を潰すかの様に、頭上で両掌を合わせる。
すると、両掌の間で赤い光球は、赤い光の輪……光輪となる。赤い光輪の周囲は、鋸の歯の様にギザギザになっていて、円盤状の鋸……丸鋸の様。
アリリオは朝霞に向けて、素早く右腕を向ける。右手で掴んだ光輪を、朝霞に投げ付けた風にも見えるが、実際はアリリオがターゲットとして、右腕で指し示した朝霞に向かって、光輪が自ら高速で飛び始めたのだ。




