死亡遊戯 69
「速いな、太陽系牢使ってなけりゃ、逃げられてたぜ」
最高速度で飛んで追えども、引き離される程のスピードで先を行く朝霞を見ながら、エンリケは舌を巻く。
「そろそろ鏡雲壁にぶち当たって、止まる頃合だろ」
エンリケが呟いた頃、朝霞はエンリケが太陽系牢を発動した、太陽系牢の中心点から、丁度五キロ程離れた辺りに突入しつつあった。この段階に至り、高速飛行を続けて来た朝霞の視界が、急激に悪化し始める。
「――雲?」
突如、濃い霧がかかり始めたかの様に、朝霞の前方に雲が出現したのだ。夕方でもないのに、夕陽に染められたかの如き色合いの雲は、進行方向を広範囲に塞いだ為、避けるのは困難。
色合いから、普通の雲ではない可能性を考慮し、朝霞は出来れば、その雲を回避したかった。しかし、回避が間に合わず、朝霞は雲の中に突入してしまう。
ほんの一瞬だけ、朝霞の視界は雲に閉ざされるが、すぐに雲は視界から消え去り、森の緑と空の青に塗り分けられた景色が、朝霞の目に映る。
(もう通り抜けたのか! 見た目より薄い雲だな)
入道雲の様に、濃く厚く見えたので、一瞬で雲の中から出られたのが、朝霞は少し意外だった。だが、それ以上に意外な存在と、朝霞は直面する羽目になる。
朝霞の目は、夕陽に似た色合いの光の粒子群を噴射しながら、高速で接近して来る、エンリケの存在を捉えたのだ。朝霞は現時点ではエンリケの名は知らない、あくまで太陽石の八部衆という認識である。
その後ろからアリリオも迫っているのだが、エンリケの陰になり、朝霞からは見えなかった。
(回り込まれたのか! 何時の間に?)
自分の後方にいる筈のエンリケが、自分の前方から現れた事に、朝霞は面食らう。朝霞は慌てて減速しつつ、急旋回して引き返す。
(――? 雲は?)
前方の光景を目にして、朝霞は驚く。出てきたばかりの雲が、視界には広がっている筈だと、朝霞は思っていたのだが、雲は完全に消え失せていたのだ。
「現れた時も突然だったが、消えるのも突然……え?」
呟きの途中で、朝霞は驚きの声を上げる。消え失せていた雲が、朝霞の進行方向を塞ぐかの様に、再び出現したのである。
今回も回避不可能な程、広範囲に雲は広がっていた為、朝霞は再び雲の中に突入する羽目になる。そして前回同様、一瞬だけ視界が雲に閉ざされはしたが、すぐに朝霞は雲の外に出て、視界は回復する。
(え????)
朝霞は思わず、自分の目を疑う。雲から抜け出た朝霞の前には、またもや飛来して来るエンリケが、姿を現したのだ。しかも、今度はエンリケだけでなく、その右後方にアリリオの姿までも、朝霞は視認出来た。
(どうなってんだよ?)
エンリケから逃げて飛んだ筈なのに、何故かエンリケが前方に姿を現す事が、二回も起こった(二度目はアリリオまで)。しかも二度とも、夕陽に染められたかの様な、奇妙な雲に突入し、抜け出した後の事だ。
(あの雲が原因か?)
朝霞が原因を雲に求めるのは、当たり前と言える状況。理由や状況は良く分からないが、橙色の雲への突入は避けるべきだと、朝霞は考えた。
前回は引き返した結果、雲に再突入する羽目になったので、朝霞は今回……引き返すのを避け、上に向って逃げるべく、急上昇を開始。一気に高度を上げつつ、周囲や地上に目をやり、状況を確認。
自分を追いかけて急上昇して来る、エンリケとアリリオの下に見える森の景色が、急激に小さくなっていく。
(どういう事だ? 俺は北に向かって飛んでいた筈なのに、何で南に?)
地上や周囲の景色を確認した朝霞は、急上昇を開始する前の自分が、南に向って飛んでいた事に気付く。地上には東から西に向けて、アリリオとエンリケの攻撃により、木々が吹き飛ばされ大地が抉られ、一本の太いラインが引かれた感じの状況になっている。
そのラインから遠ざかる形で、朝霞は北に向かって飛んでいた筈。それなのに、急上昇する前の自分が、明らかにラインが存在する方向……つまり南に向って飛んでいた事に、朝霞は気付いたのだ。
(どうなってんだよ、これ?)
目線を進行方向に上げた朝霞の目に、赤い光点が映る。
(蛇女か?)
朝霞の目に映ったのは、遥か上空を飛ぶオルガ。散開した後に急上昇し、高度千メートルを越えた辺りで、北西に向って水平飛行に入ったオルガの姿が、朝霞の視界の隅に映ったのだ。
そのオルガの前に、いきなり橙色の雲が出現、行く手を遮る様に一瞬で広がる。明らかに、朝霞の前に現れたのと同種の雲である。
朝霞同様に避け切れず、オルガは雲の中に突入する……が、雲を通り抜けはしなかった。雲に突入した時とは正反対の方向……南東に向い、オルガは飛び出して来たのだ。
壁に当たって跳ね返るボールの様な、雲に跳ね返された感じの動きを見せた、オルガを示す赤い光点の動きを見て、ようやく朝霞は、自分やオルガに何が起こったのかを、大雑把に察する。
(あの雲は、飛び込んで来た物を、壁や鏡みたいに、撥ね返すんだ!)
だが、撥ね返された感覚は無かったのを思い出し、朝霞は考えを少し修正する。
(いや、空間が歪められていて、百八十度コースを変えられるって感じか! まぁ、どっちにしろ、雲の向こうには行けない仕組に、なってるみたいだな)
雲は大よそ、朝霞の考え通りの性質を持っていた。四華州の古い言葉による、鏡雲壁という名が示す通り、飛び込んで来た人や物を、鏡や壁の様に跳ね返してしまう雲なのである。
鏡雲壁の内部空間は、飛び込んで来た人や物を、百八十度コースを変えた上で、雲の中から放り出す感じに歪んでいるので、撥ね返している様に見える。北に向って飛んでいた朝霞は、鏡雲壁に飛び込んだ結果、鏡雲壁から出た後は、南に向って飛ぶ羽目になってしまった訳だ。




