天橋暮らし 15
「良く見ると、髪型や年恰好は似ているが、胸の完全記憶結晶の種類の他も、違いはあるな。服装とか……」
神流の言葉を、幸手が受け継ぐ。
「亜細亜襟の服装って意味では似てるけど、あの二人のはチャイナドレスっぽい、フェミニンな奴だったよね」
亜細亜襟とは、亜細亜大州の様々な国で広まっている、立て襟を特徴とするファッションの分類である。
かって亜細亜大州があった場所を中心に存在していたと伝えられる、煙水晶界を征していたらしい国の服装の特徴が、亜細亜大州の各州に受け継がれている為、亜細亜大州の様々な州で、良く見かけるファッションなのである。
もっとも、同じ亜細亜大州であっても、瀛州など……亜細亜襟のファッションを、余り見かけない州も存在する。
「同じ亜細亜襟でも、功夫服っぽい感じだな、このイラストに描かれてる奴は」
イラストを見ながらの、神流の話を聞いたティナヤが、知らない言葉の意味を、神流に問う。
「何なの、その功夫服って?」
「蒼玉界にある、中国っていう国の武術家が着る服。亜細亜大州の武術家とかが着てる武術服と、良く似てる奴だよ。瀛州では余り見かけないけど」
神流はイラストを指差しつつ、ティナヤの問いに答える。
ちなみにチャイナドレスの方は、朝霞達が煙水晶界に来た経緯などを説明した際、既にティナヤは教わっていたので、知っていた。
名称こそ違うが、同様の物が煙水晶界にも存在するので、説明は容易だった。
「――ああ、この手の服か。警察や軍の制服なんかも、瀛州以外の亜細亜大州だと、この手の亜細亜襟のが多いよね」
イラストを見つつ、ティナヤは納得したかの様に呟く。
「あの時の二人とは別人の様だが、完全記憶結晶を胸に埋め込み、高度な魔術を操り、完全記憶結晶を集めているって事は、あの二人の仲間の可能性……高そうだな」
幸手の言葉に、朝霞と神流は頷く。
川神高等学校の校庭に現れた二人は、多数の人々から記憶を奪って完全記憶結晶を作り出し、奪い去った。
故に、大忘却を引き起こしたと思われる二人の狙いも、完全記憶結晶の収集だというのが、朝霞達の認識である。
「高いだろうな……あの二人の仲間である可能性」
朝霞はイラストの解説文を指差しつつ、話を続ける。
「解説文には『胸の球体は、何か模様が描かれた、琥珀玉と思われる』と書いてあるが、これ……俺が見たマークと同じ奴かもしれないし」
大忘却の発生時に目にした、二人の青年の胸に埋め込まれた球体に刻まれた、操舵輪に似たマークを、朝霞は思い浮かべる。
「何なんだ、あの操舵輪みたいなのは? 高度な魔術を使う連中だから、魔術に関わる何かのシンボルかも知れないと思って、以前……図書館とかで調べてみた事が有るんだが、結局何だか分からなかったんだよな」
「――だったら、その操舵輪みたいなのが何なのか、うちの大学の教授に訊いてみようか?」
そう問うたティナヤに、朝霞は訊き返す。
「知ってそうな教授がいるの?」
「フィールドワークで、暫く他の州の秘境を回ってた歴史の教授が、最近……大学に戻って来たんだけど、その教授が魔術師でもあって、魔術にも詳しいんだ」
「そうなんだ……だったら、頼むよバニラ」
「頼み事する時まで、バニラって呼ぶの、止めてくれるかな?」
ティナヤは不愉快そうに、口を尖らす。
「――他に、何か重要そうな情報は、載ってるか?」
神流に問われた朝霞は、手元に戻したシールドカードを読み進め、返事をする。
「他は……特に無い、俺等も掴んでる情報ばかりだ。まぁ、大規模ブラックマーケットの情報と、胸に完全記憶結晶埋め込んでいるっていう、記憶警察襲撃犯の情報があっただけでも、御の字だけどさ」
深刻な面持ちで、朝霞は言葉を続ける。
「――特に、大忘却を引起した連中に関する情報は、重要だ。連中と俺達聖盗が、完全記憶結晶を巡って争う相手だって事が、これで明確になった訳だし、連中の戦闘力が仮面者になった聖盗以上だっていう情報を知らずに、連中と出くわしていたら、俺達もやられる可能性が、高かっただろうからな」
「これまで戦ってきた裏社会の連中とは、戦闘力の格が違うと分かった以上、極力……戦いは避けた方が無難なのかもね」
朝霞の話を受けて、幸手が口にした言葉に、朝霞も頷いて同意する。
黒猫団の目的は、あくまで完全記憶結晶及び記憶結晶片状態の蒼玉の回収であり、それらを所有及び取引する者達を滅ぼす事では無い。
盗み出す為に必要と思われる戦いは行うが、戦い自体は極力避けるというのが、黒猫団のスタンス。
故に、普段から戦い自体は避ける傾向が高いのだが、その避ける度合いを、これまでの敵相手以上に、極力引き上げようというのが、幸手の言葉の意味合いである。
そんな幸手の言葉を耳にして、神流は不満げに口元を歪め、半目になる。
聖盗となる前から、剣道や古武術に通じていて、並外れて強かった上、聖盗となってからも、変身する前でも仮面者の状態でも、戦闘力ではトップクラスであり、敵に遅れをとった覚えが無い神流は、自分の強さに結構な自信を持っている。
故に、目的である盗みを優先する為に、必要以上の戦いを避けるという、これまでのスタンスとは違い、相手が強いから戦いを避けるべきだという、朝霞や幸手の認識に、神流は自信を傷付けられたかの様な気がして、少しだけ不満を覚えたのだ。
もっとも、戦いを極力避けるべきだという、朝霞と幸手の認識自体が正しいのは、神流自身も分かっていたので、不満ではあるが、それを口に出しはしなかった。
「――あの完全記憶結晶を、胸に埋め込んでる連中に関する話は、取り合えずこれくらいにしておこう。来週……ハノイで行われるブラックマーケットに向けた、計画を練らないと」
ダイニングキッチンの壁にかけられている、カレンダーの日付に目をやりつつ、朝霞は続ける。
「今日は五月七日、来週……十五日前後に開催されるらしいから、週末までに準備を整えて、月曜……十一日までには出発しないとまずい。その前提で計画を立て、準備を進めよう」
朝霞の言葉を切っ掛けとして、黒猫団の三人と、その協力者であるティナヤは、具体的な計画の立案に入る。
幸手はイダテンの修理などの魔動機械類の準備に専念し、残りの三人が、余り詳しくは無い越南やハノイに関する情報を集めつつ、盗みの作戦を立てるという分担を決め、その日の話し合いは終わった。
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