死亡遊戯 66
刃の如き赤い光線を放った、空中にいる赤い光点が、役目を果たした光線を消滅させる。朝霞達からは赤い光点に見えた、その光線を放った者は、空を飛ぶには似合わない格好といえる、スーツ姿のアリリオ。
屋台を後にしたアリリオとエンリケは、森の屋敷を訪れた。市街地を離れた後、二人は急いで美翼鳥法で飛んで来たのだが、警備魔術に引っかかり、三賢者之盾に阻まれてしまったのだ。
ソロモン式の大規模防御魔術を目にして、敵である聖盗が潜んでいると確信した二人は、三賢者之盾に守られた範囲に対する攻撃を決断。まずはアリリオが、三賢者之盾を破壊した。
アリリオが使ったのは、エンリケの太陽刀と基本的には同種である、刀剣の様に斬る為に使う光線魔術、光刃。本来は東方表意文字を四華州風に読み、光刃と発音する魔術なのだが、アリリオが出身である西班牙風に、魔術名を変えて使用しているのだ。
性格的にはエンリケの方が、真っ先に太陽刀で斬りかかり、三賢者之盾を破壊してしまいそうだが、アリリオの方が破壊を担当したのには、理由がある。アリリオから十メートル程離れて空中停止していた、朝霞達からは橙色に見えたエンリケは、エンリケにしか使えない魔術の発動に入っていた為、破壊をアリリオに任せたのだった。
八部衆はそれぞれ、他の者が使えない固有の能力を持っている。歌や踊りで様々な現象を引き起こす、麗華の歌舞天恵に、個人レベルでは最強の幻術系魔術である、華麗の誑惑絶佳などがそうだ。
エンリケは膨大な魔力を投じ、八部衆としての固有能力を発動しているので、開かれた胸元から顔を出している太陽石は、文字通り太陽の様な光を放ち始めている。全身が橙色の炎に包まれたかの様な状態になったエンリケは、胸の前で腕を十字に組む。
その十字を解き、両腕をガッツポーズ風の形にした直後、エンリケの身体を包む炎の如き光は、一際強く輝く。直後、エンリケが鋭い気合の叫びを発したかと思うと、エンリケを中心として、橙色の光が爆発的な勢いで、周囲に広がって行く。
巨大な爆発でも起こったかの様に、強烈な光と爆発音が発生したが、光が照射された森や地面などに、一切破壊された様子は無い。それどころか、爆風に木々が靡いた様子も無い。
元から完全な状態ではなかったとはいえ、太陽石の残量が半分程度に消耗する程、膨大な魔力を費やしてまで、エンリケが使った固有能力には、攻撃能力は無い。大爆発を起したみたいに見えるのだが、爆風すら起さないのだ。
能力が発動状態に入ったので、既にエンリケの身体を包む光は、消え去っていた。光っているのは、胸の太陽石の辺りのみ。
だが、エンリケの胸の辺りは、微妙に変化していた。太陽石の回りに、胡麻粒程の小さな光点が四つ、姿を現していたのである。
「ソロモン式の使い手を条件に、半径五キロの最大規模で、太陽系牢を展開した」
エンリケは目線を落とし、胸元の太陽石の周りを確認する。
「赤が三に青が一つ……青は瑠璃玉じゃない、蒼玉の青だ」
蒼玉と同じ色の、青く小さな光点を目にしたエンリケは、獲物を視界に捉えた肉食獣の様な目付きで、嬉しそうに言い放つ。
「こいつは間違いねぇ、黒猫……生きていやがったぜ!」
「その様だな」
アリリオもエンリケの意見に、同意する。墨西哥で黒猫生存に関する情報を得た、アリリオとエンリケからすれば、紅玉界の聖盗支援組織が管理する城舗栄の施設付近に、紅玉界の聖盗と共にいる蒼玉界の聖盗となると、黒猫だとしか思えなかったのだ。
施設付近に、紅玉界と蒼玉界の聖盗がいると、エンリケとアリリオが分かったのは、エンリケの太陽系牢の所為である。太陽系牢の発動により、太陽石の周囲に現れた光点は、聖盗の存在を示しているのだ。
エンリケを中心として、球形の特殊な結界を作り出す太陽系牢には、幾つかの能力があるのだが、その一つが特定の魔術流派の使い手の探知。ただし、一定以上の魔術的能力を持つ、強力な魔術師しか、探知する事が出来ない。
魔術師が探知されると、太陽石の周囲に光点が現れる。太陽石との位置関係から、探知された魔術師がいる大雑把な方向は分かるし、光点の色から使用する記憶結晶の種類までもが分かる。
ソロモン式の魔術師を指定して、太陽系牢を発動すれば、探知されるのは事実上、聖盗くらいのもの。故に、エンリケは太陽系牢で、聖盗を探知出来たのだ。
ちなみに、太陽石の下がエンリケから見て正面方向、上が背後となる。太陽石の下に光点があれば、エンリケが向いている方向の何処かに、その魔術師がいると分かる。
「黒猫達がいるのは……」
エンリケは空中で向きを調整し、光点が太陽石の下に移動する方向を向く。そして、左手で正面方向を指差しながら、言葉を続ける。
「この先……この直線上の何処かだ!」
指差された方向の直線状にあるのは、木々に覆われた森と、その先にある低山のみ。三賢者之盾が破壊された時、朝霞達がいたトレーニング場は、その直線状にはない。
エンリケとアリリオが、ほぼ同時に胸の完全記憶結晶に、両手で触れる。美翼鳥法を発動中なので、完全記憶結晶は光を放ち続けている状態だが、その光が一際強くなり、二人の両掌から両腕へと、光が移っていく。
「――まさか今更、殺すなとか言い出さねえだろうな?」
光線魔術の為に、両腕への魔力のチャージを終えたエンリケは、軽い口調でアリリオに問いかける。
「害獣の命までも大切にしろと言う程の、博愛主義者ではないさ」
両腕への魔力のチャージを終え、紅玉から手を離しながら、アリリオは答える。軽口を返してはいるが、戦いを前にしているアリリオの眼光は鋭い。
「そりゃ良かった」
アリリオを一瞥し、戦う顔と眼になっているのを視認したエンリケは、肩を竦めて言い放つ。そんなエンリケも言動は気楽さを装っているが、刺すような目付きである。




