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死亡遊戯 65

(しまった! 二人がいるって事は……)

 安易に宙に逃げたのを、朝霞は後悔する。オルガとタマラだけトレーニング場に来た訳が無いので、この場にはタチアナもいて、宙に舞った自分を狙っている筈だと、朝霞は考えたのだ。

 その推測通り、タチアナは朝霞が跳躍したのを、朝霞にとっては死角である、タマラの後ろで視認していた。タチアナは朝霞の後を追う様に、時計回りに回転しながら跳躍、空中で独楽こまの様に回りながら、右脚で後ろ回し蹴り……後斧ポジェタポルを放つ。

 乗矯術を使用中ならまだしも、空中での回避運動には限りがある。朝霞がタチアナの姿と気配を捉えた時には、既に時遅し。

 回転する斧の如き、タチアナの鋭くも重い蹴りに、朝霞はガードも間に合わず背中を蹴り飛ばされ、空中から叩き落される。朝霞は派手な音を立てながら、地面に叩きつけられてしまう。

 何とか受け身を取れはしたのだが、それでも朝霞は、激しい苦痛に苛まれる。

「手加減したとはいえ、あたしが仕留めるつもりだったんだが、ターニャまで回るとはねぇ」

 オルガは朝霞に歩み寄り、助け起しながら、言葉を続ける。

「前よりも動きが良くなったんじゃないのかい?」

「いや、だから仕留めるつもりで、やんなって!」

 苦痛に顔を歪めながら起き上がり、朝霞はオルガ達に抗議する。

「いくらトレーニング場に入った時点で、何時でも仕掛けて良いってのが、ここのルールでも、病み上がりなんだから俺!」

 トリグラフではオルガだけが元軍人だが、戦争が多い世界であるらしい紅玉界の出身者には、伝統的に軍人出身者が多い。紅玉界の軍において、徒手空拳に限るとはいえ、トレーニング場での奇襲攻撃は、臨機応変に対処する力を得る為の修行になると奨励されているので、その制度が紅玉界系の施設でも導入されているのだ。

 故に、この数日間……朝霞はトレーニング場で、何度もトリグラフの三人から、奇襲を受けていた。

「仕留めるつもりでやらなきゃ、修行にならないだろ」

 しれっとした口調のオルガに、朝霞は問いかける。

「せっかく殆ど治ったのに、悪化したらどーすんだよ?」

「大丈夫、悪化したら……また僕が治してあげるよ」

 オルガの代わりに答えたタマラに続いて、仕留めたタチアナが悪びれもせず、朝霞に声をかける。

「悪化したら、旦那が天橋に帰るのが先になるんで、オイラ達にとっては、それはそれで悪く無いっスから」

「ターニャの言う通りだな。暫く帰れない程度に痛め付ける為にも、今度は手加減せずにやる事にしようかねぇ。その方が長く、一緒に暮らせるんだから」

 着衣に付着した土を手で払い、地面に激突した辺りをさすりつつ、朝霞は渋い表情で、オルガに言い返す。

「――その冗談は笑えないって」

 直後、けたたましいベルの音が、屋敷がある方向から響き始め、殆ど間を置かずにトレーニング場でも、ベルの音が響き始める。警報用に仕掛けられている、音声再生魔術が発動したのだ……しかも、幾つも連動する形で。

「侵入者か!」

 屋敷の方を向いて、オルガが鋭い声を上げる。オルガの言葉通り、侵入者が警備用の魔術を破り、強引に敷地内に侵入したのを感知し、警報用の音声再生魔術が作動したのだ。

「逃げた方が良いんじゃないか?」

 朝霞が屋敷の方を険しい眼で見ながら、オルガに問いかけた直後、屋敷やトレーニング場などを覆う、朝霞には目にした経験が無い程に巨大な、赤味を帯びたドーム状の防御殻が出現する。直径にして数百メートルという大規模の物が、一つではなく三つが重なった状態で。

 色から分かる通り、紅玉系の記憶結晶を利用した、ソロモン式魔術による魔術的防御殻。それが三重で展開されているのだから、相当に強固な防御が展開されたといえる状況。

「三重の防御殻全てを、一撃で破壊しなければ、防御殻自体が瞬時に再生される、ソロモン式の三賢者之盾トレス・レジス・キペウス

 防御殻……三賢者之盾を見上げながら、オルガは言葉を続ける。

「歴代の紅玉界の聖盗達が作り上げた、世界間鉄道運営機構にも無い、紅玉界の聖盗独自のソロモン式防御魔術だ。あたし達三人がかりでも、破れるかどうか……」

「――いや、破られる! 森の中に隠れるぞ!」

 空を見上げながら断言した、朝霞の目線の先には、地上百メートル辺りに滞空している、二つの光点があった。光の色こそ違うが、見覚えのある光を、朝霞は屋敷の方向の空中に視認したのだ。

 トリグラフの三人も、朝霞の目線の方向を見て、その光点の存在と、光点が何を意味するのかに気付く。トリグラフも光点に、見覚えがあったのである……乗矯術の光と良く似ている、その光を。

 光の色は、赤とだいだい。乗矯術に手を出した聖盗の可能性もあるのだが、赤……つまり紅玉の聖盗だとしたら、仲間であるのだから、防御や警備の為の魔術が発動する訳が無い。

 つまり、空にいるのは聖盗では無く、乗矯術に類する飛行魔術を使う、聖盗関連施設に侵入しようとしている存在という事になる。その条件を満たす存在として、朝霞とトリグラフが真っ先に思い浮かべるのは、香巴拉の八部衆。

 四人はタンロン荒野で、八部衆が乗矯術に似た飛行魔術を使う姿を、目にしていたのだ。

「紅玉と太陽石の八部衆か!」

 光の色から判断し、そうオルガが言った直後、赤い光点の方から、眩いばかりの赤い光線が、空に向かって放たれる。遠距離まで飛び去って消える光線ではなく、数百メートル程の長さまで一瞬で伸びて停止、そのまま消えずに残り続ける、赤く光り輝く細長い棒の様な光線だ。

 棒状の光線は、三賢者之盾のドームに振り下ろされ、まるで林檎を包丁で両断するかの様に、あっさりと三重の防御殻を両断してしまう。そして、切断面から無数のひびが防御殻に走ったかと思うと、ガラスと金属の破砕音が混ざった感じの、大気と鼓膜を震わせる轟音を鳴り響かせながら、割れたガラスのボウルの如く、防御殻は砕け散る。

 巨大なガラスの欠片の如き、砕け散った防御殻の破片は、空中に飛び散りつつ、更に細かい破片群へと分解。破片群は赤く光る無数の粒子群となり、大気に溶け込む様に消え失せてしまう。


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