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死亡遊戯 64

「波立たぬ程に静かな水は、周囲の変化を写し見る鏡となるが、小波立さざなみだてば鏡とはならず、周囲の変化を写せず見失う。そして、一度ひとたび変化を捉えれば、どの様な変化が起ころうとも、水は自らの形を様々に変えて、応じる事が出来る」

 自然体に近い姿勢を取れば、心と感覚を研ぎ澄ませ易く、僅かな周囲の変化を見逃さず反応出来る。そして、自然体に近い、程良く力が抜けている状態は、防御であれ攻撃であれ回避であれ、様々な動きに素早く移行し、状況や敵に柔軟に対処がし易い。

 そんな基本姿勢と精神の状態を、吉見流では止水万変という言葉で表しているのだ。あくまで基本であって、実戦では止水万変により心身に覚えさせた、心と感覚の研ぎ澄ませ方と、程良い力の抜き方を、様々な構えや体勢の時に、応用するのである。

 朝霞は得意とする脚技から手技と、淀みなく流れる動きで、次々と型を繋げる。そんな朝霞の姿は、武術大会で演武でも行っているかの様だ。

 神流に教わった技だけでなく、煙水晶界で身につけた……主に戦った相手から盗んだ技も、朝霞は流れに組み込んで、復習さらっておく。覚えたばかりの、後掃腿こうそうたいから旋風脚せんぷうきゃく虎尾脚こびきゃくと繋げる四華州武術の連続技、掃旋虎尾脚そうせんこびきゃくを、名も知らぬまま完全に近い形で、動きを真似る。

 覚えた技を、一通り復習さらい終えた朝霞は、再び止水万変の姿勢へと戻り、呼吸を整える。朝霞の心と感覚が、水鏡の様に研ぎ澄まされていく。

 すると、朝霞の水鏡が、周囲の変化を捉えて映し出し始める。誰かが地を蹴った音や、風ではない周囲の空気の流れなどを、朝霞の感覚が捉えた結果、背後から迫る攻撃のおぼろげなイメージが、朝霞の心の水鏡に映し出される。

(跳び蹴り、速い!)

 浅い角度でライナーの様に跳んで来る、鋭い跳び蹴りが迫るのを察した朝霞は、左に跳び退く。駅のホームに立っている時、走り込んで来た列車が巻き起こすのに似た風圧を、朝霞は肌に感じる。

 風を起したのは、浅い角度の鋭い跳び蹴りで、朝霞に背後から襲い掛かった女。跳び蹴りをかわされ、土煙を上げながらスライディングして減速……停止した女は、朝霞と同じ服装をしていた。

 女が着地して滑った地面は、数メートルに渡ってえぐられ、溝の様な状態になっている。跳び蹴りの威力の凄まじさを、雄弁に物語る跡だ。

「病み上がりの人間相手に、背後から食らわせようとする蹴りじゃねえだろ!」

 かわし損なっていた場合、相当なダメージを受けていただろうと思わせる、削られた地面から、女の方に目線を移し、朝霞は渋い表情で文句を言う。

「せっかくここまで回復した俺の身体を、またぶっ壊す気かよ、蛇女?」

「誰が蛇女だ! オーリャと呼びな!」

 そう言い放つと、女……オルガは朝霞に向かってダッシュして、朝霞の手前に移動すると、左脚で前を払いつつ体を落とし、時計回りに回転する。左足を鎌の刃の様に使い、相手の足元を刈る脚技を、オルガは放ったのである。

(下段のシェルプ!)

 朝霞は背後に跳び退き、オルガの鋭い脚払いをかわそうとする。食らえば転倒するのは当然、受けても危険な脚払いなので、朝霞は跳んでかわすしか無い。

 紅玉界で広く普及した、軍武ボイエンムシュという武術の脚技は、大雑把に鎌とタポルガルプンに分かれる。鎌とは、直接相手に打撃を打ち込んでダメージを与える為ではなく、相手を捕える為の脚技。

 鎌の刃を引っ掛ける様に、相手の身体に足を引っ掛けたまま、即座に足を引いて、相手を自分の元に強引に引き寄せるのが、鎌の用途。体勢が崩された状態で引き寄せられた相手を、投げ技や締め技……関節技で仕留めるのである。

 下段で使う場合は、相手が引き寄せられる前に、転倒してしまう場合が多い。転倒した場合は、そのまま相手に飛び掛り、締め技や関節技で仕留めるのだ。

 食らえば転倒、足を踏ん張って受けても、強引に身体を引き寄せられてしまうので、朝霞としては、かわすしかない。体重でオルガに劣る上、回転で勢いをつけた上で引き寄せられるので、脚力には自信がある朝霞でも、踏みとどまり様が無いのは、過去の経験から分かり切っていた。

 左下段の鎌をかわされたオルガは、左足を即座に引く。オルガは体を落とした時に、右脚を折り曲げて、溜めを作っていたのだが、その溜めを一気に開放。右脚だけで前に跳びながら、左脚で槍の様に鋭い直線的な蹴りを放つ。

 蹴りによる打撃自体で、相手にダメージを与える脚技の中で、前蹴りや後ろ蹴りなどの、直線的に相手を蹴る感じの技を、軍武ではガルプンという。跳び蹴りも直線的に蹴るのは、槍に分類される。

 鋭く速い蹴りを、右にかわした直後、朝霞は背後から迫る、攻撃の気配を察する。既に、止水万変といえる程に、感覚が研ぎ澄まされた状態ではないのだが、大雑把に背後から迫り来る攻撃を察した朝霞は、攻撃が身体のどの辺りを狙っているかまでは察せられなかったので、全てを避ける為に、地を蹴って宙に舞う。

 直後、朝霞がいた辺りを、白い右脚が薙ぎ払う。もしも上に跳んでいなければ、朝霞は右腕ごと腹部に、斧の様に強力な回し蹴りを食らっていただろう。

 蹴りによる打撃によりダメージを与える脚技で、回し蹴りに類する技がタポル。朝霞の背後から、腹の辺りを狙う中段の右斧を放ったのは、何時の間にか右後ろに回り込んでいた、タマラである。


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