死亡遊戯 63
朝陽に照らされた、城舗栄の南東郊外に広がる、緑が濃い南国の森……。かって林業が盛んであった頃は、多くの人々で賑わっていたという。
伐採された後に植えられた木々が、既に大きく育ち、元から森に存在した木々との区別がつかぬ程になっている。それ程、林業が盛んだった時代は、過去に過ぎ去っているのだ。
そんな森の一部に、サッカー場が二つは余裕で作れそうな広さの、褐色の地面が露出している部分がある。以前は伐採された木を、大型トレーラーで輸送出来る様に、丸太に加工する為の作業場として利用されていた場所である。
林業が廃された後も、何時かまた林業が陽の目を見る時も来るかもしれないと、作業場には木が植えられなかった。故に、草が生い茂った所もあるが、作業場だった場所だけは、広いグラウンドの様な、土がむき出しの状態になっている。
十五年程前、森の手前にある古い屋敷と共に、作業所だった辺りを含む森の全てを、元聖盗の実業家であるミーリーが、地主より買収。保有する企業の保養所という名目で保有し管理していたが、実際は紅玉界の聖盗を支援する組織、セマルグルの管理する、聖盗の為の避難所や宿泊所として、使用されているのだ。
屋敷は当然、森などの敷地全てに、聖盗達が得意とするソロモン式による、徹底した魔術的警備が施されているので、無関係な者が侵入するのは至難の業。ただし、聖盗関連の施設である事がばれない様に、表向きは多数のエリシオン式の警備用魔術により、偽装されている。
かって作業所であったグラウンドの様な場所は、今では聖盗向けのトレーニング場。ここ数日、病み上がりの朝霞が調子を取り戻す為、トレーニングを行っていたのも、このグラウンドの様なトレーニング場だった。
今朝も朝霞は朝食前だというのに、トレーニング場に姿を現していた。白のTシャツと紺色の短パン、白い靴下とスポーツシューズは、全て屋敷にあったのを借りた物だ。
目覚めた後。シャワーで身体を洗い、牛乳で喉を潤し栄養を摂ってから、朝霞は屋敷を出てトレーニング場へ向った。三十分程ストレッチやランニングでウォーミングアップを続けてから、休憩を取った朝霞は、程良い汗をかき、肌を上気させていた。
「――悪くない。これなら今日は、交魔法までいけるかもしれないな」
身体は自在に動くし、二十分程のランニングをしても、大して疲れを覚えない程、体力も回復している。ここ数日、ウォーミングアップのメニューは変えていないので、ウォーミングアップを終えた時の状態で、回復度合いが朝霞には分かるのだ。
(大したもんだな、美少年の治療……回復能力は。前は乳眼鏡と似たようなもんだったが、交魔法の段階に入って、結構差が付いた感じだ)
黒猫団で治療や回復を担当するのは、主に幸手なのだが、幸手は交魔法により、主に防御能力を中心に強化された。そのお陰で、朝霞達はタンロン鉱山から生きて脱出出来た様なものなので、朝霞は幸手の能力に対し、否定的な認識は無い。
治療回復能力に特化した方向性で発現したと思われる、タマラの強力な治療能力に驚き、感謝しただけの話である。交魔法による総合的なパワーアップという意味なら、幸手の方が上回るだろうというのが、朝霞の認識であったし。
(――どうしてるのかな、乳眼鏡は? 俺が死んだって情報流れて、ショック受けてるかなぁ……)
朝霞は治療回復能力から連想し、幸手の事を思い出す。更に、幸手から連想する形で、神流とティナヤの二人を、朝霞は思い浮かべる。
(エロ黒子やバニラにも、悪い事したかな)
自分が死んだと、八部衆に思わせておいた方が得だろうと考えた上で、朝霞は故意に同居人達へ、生存を知らせなかった。自分に好意を寄せている三人が、自分が死んだという情報に接すれば、ショックを受けるのは確実。
それは朝霞としても本意ではないので、三人に生存を知らせたいのだが、それでも色々と考えた上で、朝霞は自分の生存情報を伏せる決断を下した。自分の生存を仲間に知らせるのは、戦える状態まで回復し、仲間の元に戻った時にすると、朝霞は決めていたのだ。
回復の度合いから考えて、仲間の元に戻る日は間近に迫っていると、朝霞は感じていた。
「そろそろ、次に行くか……」
ウォーミングアップ後に取る休憩を終わりにして、朝霞は次のトレーニングメニューへと映る。朝霞は神流に習った古武術の型を、一通り復習い始める。
まずは両足を肩幅より少しだけ広めに開き、全身から程良く力を抜き、朝霞は自然体に近い姿勢を取る。爪先立ちではないが、爪先にやや力が込められていたりと、力を抜き切るのではなく、何時でも動ける程度の力が、重要な部分には残されている、絶妙な状態。
それが、神流に古武術を教わり始めた頃、朝霞と幸手が徹底して仕込まれた、止水万変という、基本姿勢。
正確に言えば、精神の状態までを含めた、基本姿勢と言うべきだろう。
「止水とは、明鏡止水の止水、曇りなき鏡の如く、静かな波立たぬ水。万変とは、瞬息万変の万変、素早く多様に変化する事」
神流が良く言っていた、吉見流の基本姿勢にして精神の状態である止水万変の説明が、ふと朝霞の記憶に甦る。




