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死亡遊戯 62

 知らぬ声に問いかけられたエンリケは、待ってましたとばかりに、相手の顔を見上げる。声をかけてきた者の顔を値踏みする様な目で見ながら、エンリケはコップをテーブルに置き、両手をレザーパンツのポケットに突っ込む、

 声をかけて来たのは、二十代中頃に見える、仕事上がりと思われるボーイ風の青年。

「そうだ、俺達だよ」

 ポケットから両手を出しながら、エンリケは青年の問いに答える。

「もしも……俺達の求めてる情報を、お前が教えてくれるんだったら、左手の上にあるものは、お前にくれてやる」

 エンリケはポケットから取り出した左手を開き、男に見せる。雑に折り畳まれた一万煙札が三枚、左掌に載っていた。

「だが、出鱈目な情報だったら、お前にくれてやるのは、右手の上にある物だ」

 ポケットから出した右手を、エンリケは開く。右掌の上にあるのは、折りたたみ式の小さなナイフ。

「心臓でも喉元でも、目ン玉でも……好きな所にな。顔は覚えた、逃げられはしない」

 嘘を吐けば殺すと言ったも同然の、エンリケの脅し文句を聞いて、怯んだ表情を少しだけ浮かべるが、すぐに落ち着きを取り戻して、男は口を開く。

「この町の郊外……あっちの方角には、森が広がってるんだけど、そこにでかい屋敷がある」

 南東方向を指差しながら、青年は話を続ける。

「その屋敷は表向き、大企業の保養施設って事になってるんだけど、実際は紅玉界の聖盗のアジトになってるんだ」

「――根拠は?」

 断言出来る根拠が気になり、エンリケは問いかける。

「知ってる奴が、盗みに入ろうとした事があるんだけど、無茶苦茶厳重な魔術に守られていて、屋敷の敷地内に入る事すら出来なかったんだよ」

「大企業の施設なら、警備くらい厳重なのが当たり前だろう」

 口を挟んだアリリオに、青年は言い返す。

「その通りだが、そいつは魔術に強い奴でね、幾ら厳重に警備しようが、普通の魔術だったら、突破できて当たり前って感じなのさ」

「つまり、普通じゃない魔術に、そいつは阻まれた訳かい?」

 アリリオの問いに、青年は頷く。

「聖盗の額に、六芒星の魔術式があるだろ? そいつはエリシオン式の警備用魔術を突破した後、あの六芒星の魔術式が仕掛けられてたのを確認してから、得体の知れない魔術にやられて、捕まったんだ」

 青年の言う六芒星の魔術式とは、言うまでもなくソロモン式魔術のシンボル。略式で発動する際や、魔術式をまとめる為にも使用される、例の六芒星である。

「つまり、聖盗と同じ六芒星の魔術式を使い、警備を固めているから、聖盗のアジトって訳か……」

 エンリケの呟きに、青年は頷く。

「六芒星の色は赤、あんた等の探してる、紅玉界の聖盗の施設に決まってる」

「タンロンで死んだって報道されてる黒猫が、本当は生き延びていて、城舗栄に逃げ込んだって噂があるんだが、そっちの方は何が知らないか?」

 アリリオの問いに、青年は即答する。

「そっちは知らないな、どこで聞いたのかは知らないが、この街じゃ噂にもなってない」

 青年の話に説得力を感じたエンリケは、アリリオの目を見る。アリリオが頷いたのを確認してから、エンリケは左手を青年に差し出す。

「こいつはお前のもんだ、持っていきな。ただし、出鱈目だった場合は……」

 念を押すのを、エンリケは忘れない。

「分かってるよ、出鱈目じゃない、本当の話だって!」

 青年は三枚の札を手に取ると、ポケットに突っ込みながら、そう言い切る。

「『そいつ』ってのは、君の事なんじゃないのか?」

 アリリオの背中越しの問いかけに、青年は真顔になる。アリリオの問いかけが、図星だったとしか思えない表情だ。

 そんな青年の表情を見て、エンリケは苦笑しながら言い放つ。

「出鱈目じゃ無さそうだな、行って良いぜ」

 実は自分が泥棒を働こうとした時の話だったのを、二人に見抜かれたのが恥ずかしかったのだろう、青年は顔を赤らめると、そそくさと屋台の方に歩いて行く。ヌックミアを急いで飲み干し、コップを屋台に戻すと、青年は通勤客達に紛れ込んで、姿を消してしまう。

「撒き餌に引き寄せられた魚が、釣られた訳か」

 感心した風なアリリオの呟きを聞いて、エンリケは自慢げな笑みを浮かべる。情報を売りに来た青年こそが、「訊いて回るのは撒き餌の段階、釣り上げるのは魚が集まってからだ」という言葉に出て来る、「魚」そのものだ。

 色々な店を回り、謝礼の金をチラつかせながら、「黒猫や紅玉界の聖盗関連の施設に関する情報」を訊いて回っても、その場で答える者が出て来る確率は低い。何故なら、聖盗は蒼玉界では、基本的には善玉で人気が高いからだ。

 自分が関わりのある人間に知られかねない形で、人気が高い聖盗に関する情報を売る様な真似は、自分自身の評判を落としかねない。故に、大抵の人にとって、友人知人がいる様な場所では、聖盗に関する情報は売り辛いのが現実。

 だが、自分が働いていたり、客として出入りしているが故に、自分と関わりが多い人間が多い店では話せずとも、他の場所でなら話せる……情報を売れる人間もいる筈。その「他の場所でなら情報を売れるタイプの人間」が、言わば「魚」である。

 謝礼の金をチラつかせながら、「黒猫や紅玉界の聖盗関連の施設に関する情報」を、色々な店で訊いて回っていたエンリケは、その場で情報が手に入る事自体は、大して期待はしていなかった。本命は最初から、「魚」である人間の方。

 自分達に、「黒猫や紅玉界の聖盗関連の施設に関する情報」を売れば、「金」が手に入るという「情報エサ」を撒けば、その「情報エサ」を撒くエンリケとアリリオに、「魚」は寄って来る。故に、「魚」の方から見付け易い場所で、エンリケとアリリオは「魚」が来るのを待ち、釣り上げる……情報を得れば良いのである。

 エンリケの狙い通り、人目に付き易い屋台での食事中、一匹目の「魚」は釣り上げられ、エンリケとアリリオは、城舗栄における紅玉界の聖盗の、隠された施設に関する情報を、得る事が出来た。その後……食事が終わるまでの間に、三匹の「魚」から、多少の違いはあれど、南東郊外の森にある、大企業の保養施設と言われている屋敷が、紅玉界の聖盗の施設だという情報を、二人は得た。

 ただし、黒猫……つまり朝霞に関する情報は、誰も知らなかった。

「――どうやら、その屋敷で間違い無さそうだな」

 エンリケの言葉に、アリリオは頷く。既に二人共、食事は終えていた。

「では、その屋敷に向う事にしようじゃないか」

 アリリオは立ち上がり、空になった二つのコップを手に取りながら、言葉を続ける。

「黒猫に関する情報は手に入らなかったが、もしも本当に生きているなら、その屋敷にいるか……既に屋敷にはいなくとも、何か情報が手に入るだろうし」

「そうだな」

 エンリケも立ち上がると、二つの丼を重ね、二人分の箸を握り、フォー・ガーの屋台に歩み寄る。屋台の近くに置かれた、食べ終えた丼や箸を戻す籠に、丼と箸を入れると、ヌックミアの屋台にコップを戻して来た、アリリオと合流。

 そのまま二人は、気楽な雑談を交わしながら、大通りの歩道を歩き始め、通勤中の人々の中に紛れて、姿を消してしまう。




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