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死亡遊戯 61

 歓楽街を出ると、既に車通りが多い大通りに出る。黒煙を撒き散らしながら行き交う車に、仕事に向う多数の社会人達と、これから眠りにつくだろう歓楽街とは違い、大通りは普通の朝を迎えていた。

 暑い気候のせいだろう、仕事に向うとはいっても、他の州の都市に比べたら、ラフな服装の人々が多い。ラフとは言っても、黒いレザーのパンツにレザーのタンクトップ姿のエンリケの様なラフさの者は、さすがにいない(無論、タンクトップのファスナーは上げてあり、太陽石は隠されている)。

 スーツ姿の人も少ないので、ベージュのサマースーツ姿のアリリオも、エンリケ程では無いが、目立つ部類に入る。二人は今現在、むしろ目立った方が都合がいいと思っているので、それで構わないのだが。

 道路脇の歩道は、余裕で大型自動車が走れそうな程の幅があり、様々な屋台が並んでいる。既に多くの屋台が営業していて、歩道のあちこちに置かれた簡素なテーブルと椅子で、出勤途中と思われる客達が食事中だ。

 様々な食べ物の食欲をそそる匂いが、歩道を漂っている。その匂いの中から、癖のある魚醤の匂いを嗅ぎ取ったエンリケは、匂いの元を目で辿り、簡素なカウンターに丼を並べている、赤い看板を掲げたフォーの屋台を発見。

「あったあった! お前もあれでいいな?」

 問いにアリリオが頷いたので、エンリケはフォーの屋台に歩み寄ると、一応は簡素なメニューを見て、エプロン姿の太った中年女に注文を出す。

「――鶏肉の奴、二つ頼む!」

「フォー・ガー二つ、二百煙にひゃくえんだよ!」

 中年女は答えてから、カウンターの上の丼を手に取ると、流れる様な作業で、鶏肉のフォー……フォー・ガーを作り始める。余りエンリケを待たせる事なく、中年女は魚醤とチキンスープの匂いを立ち昇らせる、二つのフォー・ガーをカウンターに並べる。

 エンリケは二百煙分の硬貨をカウンターに置くと、丼を手に取る。

「ありがとねー!」

 フランクな口調は癖なのだろう、中年女は硬貨を手に取り確認すると、エンリケに問いかける。

「お客さん、阿弗利加あふりかから? 珍しいねー、観光?」

 エンリケが阿弗利加から来たと、中年女が思ったのは、カウンターに置かれた二枚の硬貨のどちらにも、阿弗利加大州の形が刻印されていたから。えんはエリシオンの統一通貨だが、実体通貨の発行は、エリシオン政府の規制に基づき、各州政府から許可を得た銀行に任されている。

 保有する資産に応じた量しか発行を許されない為、通貨量は大雑把に適量に保たれているし、通常はどこの銀行が発行した煙通貨であれ、価値は変わらない。たまに州政府の発行した債券を過剰に引き受けた挙句、州政府が債務不履行に陥ったりして、銀行が債務超過状態になった結果、その銀行が発行する煙通貨の価値が、他の煙通貨より引き下げられたりする場合が、ない訳ではないのだが。

 通貨の片面は大抵、発行した銀行が存在する州や大州の形と銀行名が、印刷されたり刻まれたりしている。故に、通貨を見れば、どこの地域の何という銀行が発行した通貨なのか、はっきりと分かる。

 エンリケが支払った、阿弗利加大州の形が刻まれている煙硬貨を見る機会は、城舗栄では珍しいので、中年女はエンリケが、阿弗利加から来たのではないかと思ったのだ。

「猫探しさ。この町には、珍しい猫がいるって聞いてね」

 気楽な口調でエンリケは答えてから、アリリオが席をとっているテーブルの方に歩き去って行く。「猫探し」という奇妙な答を耳にして、不思議そうに首を傾げる中年女を残して。

 歩道を占拠する幾つものテーブルの一つに、アリリオは席をとっていた。二人用のテーブルであり、箸立てや調味料だけでなく、アリリオが他の屋台から買って来た、青黄あおき色の液体……ヌックミアが満たされた、ガラスのコップが置かれている。

 エンリケがフォー・ガーを買っている間に、アリリオはヌックミアを買った上でテーブルに置き、席をとっていたのである。ヌックミアとは、サトウキビの汁に柑橘系の果汁などを混ぜた、越南州の飲み物だ。

 テーブルを挟んで向い合わせに座り、箸立てから箸を取ると、二人はフォー・ガーを食べ始める。箸を器用に使って食べるアリリオとは対照的に、エンリケは箸で挟むというよりは、箸で麺を引っ掛けたり、具を刺したりして、口の中に掻き込んでいる感じ。

「――美味いが、やっぱ食い難いな。泡の中にフォーク入れときゃ良かったぜ」

 食べる合間に機嫌よさ気な顔で、エンリケは呟く。エンリケの言う泡とは虚空泡沫シークンハオモアの事、虚空泡沫にフォークを入れておけば、食べる前にフォークを取り出して、フォークでフォー・ガーを食べられたかも知れないという意味合いの発言だ。

「幾らなんでも、人が多い街中まちなかで使うなよ。目立つだろ」

「分かってるって、冗談だ……冗談」

 アリリオに言葉を返してから、エンリケは汗をかいているコップを手に取ると、爽やかな柑橘系の匂いが強い、程良く冷えた液体を口にする。

「不味くはねぇが、甘過ぎだな! ハノイで飲んだコーヒーも糞甘かったが……」

 エンリケが越南州の飲み物への感想を口にしている途中、壁際に座っていたアリリオの近くに立ち、ヌックミアをストローで飲んでいた男が、二人に声をかけてくる。エンリケの声に掻き消されないが、近くにいる他の客達には聞こえない大きさの声で。

「――聖盗関連の施設について、訊いて回ってたの、あんたらだろ?」


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