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死亡遊戯 52

 膨大な数の香巴拉式魔術式の集合体である法輪とは違い、あくまで特定の機能を果たす魔術式が、輪によりまとめられているだけだ。輪は「チャクラム」というのが元々の正式な名称だが、東方表意文字による表記を瀛州読みで発音する形で、りんと呼ぶ者が多くなってしまった(これは法輪ほうりんにおいても同じで、元々はダーマチャクラ)というのが、法輪の正式な名称だった)。

 鉄板に刻まれた無数の輪の上には、膨大な数の色とりどりの球体が、配置されている。ビーズ細工の様に鉄板上の巨大魔術式を飾る球体は、ただの球体ではない、八種類の完全記憶結晶だ。

 色の濃淡の差が、他の完全記憶結晶に比べて分かり易い煙水晶が、他の七種類に比べて多めの比率で、全色合計すると十万個以上の完全記憶結晶が、既に配置されている。常軌を逸した膨大な魔力が、超巨大魔術式に注ぎ込まれようとしているのである。

 これ程の規模と魔力量の魔術式を作成、制御しようとするのなら、数百人レベルの実力ある魔術師達が必要となる。だが、この魔術式の作成に関わっている魔術師の数は、たったの七人で、その中の五人が今現在、このドーム内で作業中だ。

 五人の魔術師達は、二人と三人のグループに別れ、二人組が東側の坐像の、三人組が西側の魔術式の坐像に、それぞれ完全記憶結晶を並べ続けている。作業の進捗しんちょく段階は、西側の方は八割程、東側の方は六割方といったところ。

「――そもそも、二十万の宝珠の配置を、たった五人で手作業で並べるとか、無茶過ぎるんだよ」

 西側の三人の内の一人が、仄かな光を放つ胸元の瑠璃玉に、右手で持つ煙水晶を軽く触れさせてから、げんなりとした顔で愚痴を吐く。瑠璃玉の青い光が一瞬だけ強まり、煙水晶を包み込むが、すぐに元通りの仄かな光に戻り、煙水晶は青い光から解放される。

 青い旗袍の開いた胸元から、瑠璃玉を覗かせている青年……華麗は、左手に持つ図面と、自分が乗っている巨大な魔術式を見比べつつ、しゃがみ込んで右手に持つ煙水晶を、輪の上に慎重に置く。煙水晶は仄かに灰色の光を放つが、その光はすぐに消え失せる。

「元々、曼荼羅マンダラへの宝珠の配置は自動化されていて、手作業でやるもんじゃないんだし」

「口を動かす暇があるなら、手を動かせ手を」

 十メートル程離れた所で、華麗同様の作業を行っていた、ジーンズに白のタンクトップというラフな出で立ちのタイソンが、面倒臭げに声を出して反応する。

「動かしてるから! 最後に休んでから二時間くらいぶっ通しで、宝珠マニ並べ続けてるから!」

 華麗は語気を強めて、タイソンに言い返す。

卒塔婆そとばも、羅漢らかんも無いんだ、仕方が無いだろ」

 胸元から顔を出している、仄かな黄色い光を放つ琥珀玉に、右手に持つ蒼玉を触れさせながら、タイソンは言い放つ。卒塔婆とは、この空洞にある二機の巨像の、格納庫の事である。

 華麗の言う曼荼羅とは、香巴拉式の超巨大魔術式の総称。この空洞の巨像の下にあるのは、超巨大人型魔術機器である巨像に、魔力をチャージして起動する機能を持つ曼荼羅だ。

 国家としての香巴拉が健在であった頃、この曼荼羅への完全記憶結晶の配置作業は、殆どが自動化されていた。卒塔婆自体に自動化の為の魔術機構が設置されていたり、羅漢と呼ばれていた、サイズも見た目も人型の魔術機構が導入されたりして、単純作業は自動化されていたのである。

 だが、卒塔婆も巨像の曼荼羅作業用の羅漢も、浮遊大陸だけに存在していた為、浮遊大陸封印により、浮遊大陸にあった五十機の巨像と共に。行方知れずとなってしまった。故に、統一国家エリシオンの時代には、卒塔婆も曼荼羅作業用の羅漢も、残されなかったのである。

「新たに作ろうにも、この菩提薩埵ぼだいさった同様……俺達には作りようが無いんだからな」

 そう言いながら、タイソンは曼荼羅に座る、巨像を見上げる。この優しげで女性的な顔立ちの巨像こそが、香巴拉の主力兵器……菩提薩埵だ。

 タイソンの言葉通り、八部衆には菩提薩埵同様、卒塔婆や羅漢を新たに作り出す能力は無い。だからこそ、かっての封印戦争においても、残された二機の菩提薩埵しか、使う事が出来なかった。

 八部衆の法輪は、膨大な数の香巴拉式魔術式の集合体なのだが、法輪により含まれる魔術式の構成は異なる(だからこそ、八部衆の使える魔術や能力に差がある)。香巴拉の最高位の魔術師の中で、八部衆は戦闘を主に担当していた性質上、戦闘向けの魔術を中心とした構成の法輪となっている。

 戦闘を専門とするとはいえ、八部衆の魔術機構を作り出す能力自体は低くはなく、香巴拉の魔術師でも高い部類に入っていた。それでも、菩提薩埵や卒塔婆、羅漢などの大規模だったり、複雑過ぎる魔術機構をゼロから作り出す程の能力は、八部衆にはないのだ。

 故に、この場にある二機の菩提薩埵も、封印戦争時に破壊された残骸を掻き集めて修復した物で、ゼロから作り上げた訳では無い。曼荼羅の方は、八部衆の一人であり、比較的戦闘以外の魔術式を、多く法輪に保有していた乾闥婆ガンダルヴァが中心となり、ゼロから作り上げた物だが。

 ちなみに、菩提薩埵ぼだいさった卒塔婆そとば羅漢らかんというのは、元々の香巴拉式魔術言語による名称を、東方表意文字で記述したのを、瀛州読みしたもの。本来は菩提薩埵ボーディ・サットヴァ卒塔婆ストゥーパ阿羅漢アルハットであったのが、発音の容易さを主な理由として、東方表意文字の瀛州読みが、定着してしまったものである(阿羅漢の場合、「阿」まで略されてしまった)。


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