死亡遊戯 51
青い空と焼ける様に強い陽射の下に広がるのは、枯葉に似た色の砂に覆われた、広大な砂漠の景色。大きく波打つ砂以外に、何も見えない砂漠の名は納米布、近隣地域の古い言語で「何も無い」という意味の言葉が、語源であるらしい。
語源通り、資源がある訳でもなく、交通の要所という訳でもない、この納米布砂漠は、五万平方キロメートルを超える広大な面積を持つのだが、帰属州が確定していない。納米布がある、欧大州の南側にある阿弗利加大州は、帰属が確定していない地域が多いのだが、納米布砂漠もその一つだ。
帰属が確定していない地域の多くは、州同士が州境を争う紛争や、州内の内戦を原因とした、地域の奪い合いの決着がついていない結果なのだが、納米布砂漠は少し状況が異なる。どの州も余り欲しがらない為に、帰属州が決まっていない状態にある。
語源通りに「何も無い」と思われている上、開発が難しい砂漠である為、領土として得た場合のメリットは不明。しかも、激しい砂嵐が多い上に、空間が乱れていて不安定な場所が多く、迂闊に足を踏み入れた者達の遭難が相次ぐ様な、危険な砂漠であった為、管理責任という意味でのデメリットが存在する(遭難者救助などのコストがかかる)。
メリットとデメリットを天秤にかけ、どこの州も欲しがらなかった結果、納米布砂漠の帰属確定は先送りにされ続け、現在に至っている。過去の大規模な魔術使用の弊害だと思われる、空間が不安定な場所が多い煙水晶界では、こういった帰属がはっきりしない、危険地域や海域が、数多く存在する。
そういった地域や海域は、混沌域と呼ばれている。納米布砂漠も、大規模な混沌域の一つであり、まともな人間が足を踏み入れる様な場所ではない。
逆に言えば、まともでは無い人間なら、足を踏み入れてしまう場所とも言える。ただし、魔術的能力という意味合いで、まともではない能力を持っている人間で無い限り、待っているのは遭難と死。
その様に危険な納米布砂漠の中央付近、二百メートル程の高さがある、なだらかな砂山となっている辺りに、そのまともでは無い人間が集う場所があった。だが、砂漠に人影は無い……集っている場所は、砂山の中にあるのだ。
一見、ただの大きめの砂山に見えるのだが、その中は巨大な空洞になっていた。直径五百メートル程、高さ百数十メートル程の内部空間を持つ、円形の巨大な砂のドームという訳である。
ドームの表層五メートル程は、偽装の為に砂の層となっているが、その下の五メートル程は、高熱で砂を溶かして作られた、石英ガラスの層となっている。ガラスと言っても魔術的に強化されていて、要塞の防御壁や艦船の装甲以上の強度を持っているのだが。
暑い砂漠の下にあるとは思えない、二十数度の適温に保たれたドーム内部は、外程ではないが、十分な明るさが保たれている。巨大な空間ですら機能を果たせる、エアコンや照明に相当する魔術機器が、多数稼動しているからだ。
そんなドームの中には、圧倒的な存在感を持つ物が、二つ存在していた。百メートル程の高さがあると思われる、巨大な人型の坐像だ。
蒼玉界の人間が目にしたら、巨大な仏像や大仏などと表現するだろう、人型の坐像。しかも、日本で見られるタイプの仏像ではなく、東南アジアの寺院などで見られるタイプの、細身で派手な色使いの仏像に、そのイメージは近い。
目に眩しい程の金色を、全身の基本色として、法衣と鎧が混ざった感じの、身に纏う着衣や装飾は、赤と青に紫と緑、黄色に橙色、そして灰色など、記憶結晶と同じ色合いの極彩色に彩られている。灰色は極彩色ではないし、青系統は色違いが二色存在するが。
全身は何らかの金属と思われる素材で出来ていて、関節に相当する部分の隙間から、機械的な部品群の様な物が見える為、単なる像というよりは、巨大な人型ロボットに見えなくもない。立てば二百メートル近い高さとなるだろう、巨大な人型の魔術機器が二機、ドームの東側と西側に、それぞれ座禅でも組んでいるかの様に、存在しているのである。
大仏なら蓮華座に座っている所だが、この二機が座っているのは、巨大な鉄製の円盤の上。厚さ二メートル程、直径二百メートル程の鈍色の鉄板が、それぞれ一枚ずつ、二機の巨像の下に、座布団の様に敷かれている。
鉄板の表面には、無数の大小様々の円が刻まれている。小さいものは人の頭程だが、大きな物は人の十倍程の直径があり、その中に多数の円を内包している。
円同士は、幾何学模様風の線で複雑に繋がれていて、中央に座している巨像に集まる様に、線が引かれている。巨大な電子回路に似た見た目ではあるのだが、電子回路ではなく魔術の回路……純魔術式が固定された、巨大な魔術機構である。
魔術式を構成するのは、サンスクリット語に似た香巴拉式の魔術文字。それらが法輪に似た円により一まとめにされているので、どことなく法輪と似た感じに見えるのだが、この円は法輪ではなく、輪である。




