死亡遊戯 50
現在、異世界から煙水晶界に記憶結晶を持ち込んでいるのは、禁忌魔術の使い手という事になっているのだが、エリシオン政府は一切、その禁忌魔術の流派名を開示していない。つまり、実際はどこの誰が持ち込んでいるのか、殆どの人達は知らないのだ。
異世界の記憶結晶を非合法に商う、白酒屋同盟などの組織の人間ですら、本当は誰が煙水晶界に、異世界の完全記憶結晶を持ち込んでいるのかを、知らない者が殆ど。だが、自分達の商売の種である異世界の記憶結晶を、煙水晶にもたらした謎の魔術流派を示す言葉が無いのは、不便であった。
故に、裏社会の者達は何時の頃からは不明だが、その謎の魔術流派を、オクルトスと呼ぶ様になったのである。
「おそらく、さっきの二人は……そのオクルトスですよ。今の連中だけでなく、例の『得体の知れない連中』も」
「オクルトス? あの連中が? 何故そうだと分かる?」
ボスは驚きの表情を浮かべ、ロレンソに問いかける。
「さっきの二人は、空間転移魔術を使いました……しかも個人で。それに、これまで確認された『得体の知れない連中』も、不確かな情報ではあったんですが、空間転移を行ったとしか思えない目撃情報が、数例報告されています」
「それが、どうかしたのか?」
「人間の空間転移を可能とする魔術流派は、ソロモン式と仙術の二つしか、存在を知られていません。ですが、ソロモン式も仙術も、膨大な数の魔術師を動員するか、膨大な数の魔術機構を用いて構成した施設を用いなければ、空間転移は実現出来ないんです」
商売や組織運営と違い、魔術に関しては自分程には詳しくは無いボスに、ロレンソは丁寧に説明する。
「つまり、空間転移魔術において、さっきの二人はソロモン式や仙術ですら出来ない事を、あっさりとやってのけていたんですよ。人間の異世界間転移が出来るソロモン式を、空間転移魔術において超えているのなら……」
「異世界から完全記憶結晶を奪って来れる、オクルトス足り得る訳か」
ボスの言葉に、ロレンソは頷く。
「――実は、俺がアズテックを習った師から、幾つかオクルトスに関して、教えられた事があるんです」
遠い記憶を蘇らせながら、ロレンソは師に教わった話を、口にし始める。
「かって世界を強大な魔術の力で支配し、人々を苦しめていたという、滅ぼされた魔術国家の生き残りで、魔術国家の復活を目論む者達こそが、オクルトス。この世界の魔術師では決して勝てぬ存在であるが故、オクルトスとは決して戦わず……可能な限り関わるなと、師に教わりました」
「かって世界を支配していた? そんな歴史知らねぇぞ?」
「エリシオン政府が、歴史から存在を抹消したそうです。理由は分かりませんが」
「――仮に、歴史から存在が消された魔術国家があったとしても、この世界の魔術師では決して勝てぬ存在なら、何故滅ぼされたんだ? 滅ぼされる訳がないだろう!」
納得がいかないとばかりに、ボスはロレンソに疑問を投げかける。
「異世界の魔術師連中に、滅ぼされたんです」
「異世界の魔術師連中?」
ボスは少しだけ考えて、それが何を意味しているのかに気付く。
「成る程、聖盗の事か。連中なら出身は異世界だし、得体の知れない能力持ってるのが、たまにいるからな」
ロレンソはボスの言葉に、頷いてみせる。
「聖盗の連中も、手前の記憶だけ取り戻せりゃいいだろうに、この世界を支配して、人々を苦しめていた魔術国家まで滅ぼしてくれるとは、今も昔も義賊気取りなのに変わりはねぇって事か」
聖盗には商売を邪魔されてばかりで、悪い印象しか抱いていない、ボスの言葉は辛辣だ。
「ソロモン式の連中が、この世界に聖盗連中を送り込んでいる理由は、『記憶を盗まれた異世界の人々が、自力で記憶を取り戻すのに協力する為』だという事になっていますが、本当の理由は別にあるというのが、師の考えでした」
「何なんだ、その本当の理由って奴は?」
「この世界を支配していた魔術国家だけでなく、その魔術国家の流派を受け継ぐ残党である、我々がオクルトスと呼ぶ者達を滅ぼす事こそが、ソロモンが聖盗を送り込んでいる本当の理由だそうです」
ロレンソの語る「本当の理由」とは、あくまで過去の魔術師達から伝えられた情報を元に、ロレンソの師が至った考えであり、それが真実である証拠は無い。
「今現在の聖盗は、オクルトス相手にソロモン式が送り込んで来ている、刺客って所か。だとしたら、黒猫の居場所を教えたのは、失敗だったのかもしれん」
拙いなと言わんばかりの表情で、ボスは言葉を続ける。
「ウチの商売を邪魔する連中同士、ぶつかり合って共倒れになればいいと思って、連中に黒猫の居場所を教えたんだが、オクルトス連中が倒されたら困るからな」
「何故です?」
「何故って……そりゃ、オクルトス連中が倒され滅ぼされたら、異世界の完全記憶結晶が、手に入らなくなるだろうが。そうなれば、ウチの商売上がったりだ」
「――それは、そうですが……オクルトス連中が勝ったら、オクルトス連中が復活させる魔術国家に支配され、俺達は完全記憶結晶を生み出す家畜状態になっちまいますぜ」
ロレンソに言われて、ボスはオクルトス側が勝利した場合の危険性に、思い至る。
「確かに、そうなるのは願い下げだな。どっちが勝っても、ウチに得は無ぇって事か」
げんなりとした口調で、ボスは溜息を吐く。
「とにかく、可能な限り関わるなというのが、師の教えです。オクルトスが派手に動いている間は、ウチも大人しくしておいた方が、良いんじゃないでしょうか?」
「そうかも知れねぇ。バケモノ共の争いになんざ、巻き込まれるのは御免だからな」
ボスの言葉に、ロレンソは頷く。
「――とりあえず、その辺りの事に関して、幹部連中と話し合う為にも、一度……本部に戻るぞ!」
そう言い放つと、ボスは懐中電灯で前方を照らしつつ、死者回廊の出口に向かって歩き出す。発光魔術の魔術機構が仕込まれている、非常時には懐中電灯として使えるライターを、アリリオとエンリケが去る以前から、ボスはポケットから取り出して、光源として利用していたのだ。
ロレンソも、ボスの後に続いて歩き出す。壁や天井などに描かれた罠の壁画は、鍵である者だけでなく、その同行者にも一切反応しないので、ボス本人も後に続くロレンソにも、罠は反応せず危険を及ぼしはしない。
「全く……バカンス中だったってのに、えらい目に遭ったぜ。運がねぇなぁ」
愚痴るボスに、ロレンソは励ましの言葉をかける。
「オクルトスと遭遇して、命があっただけでも儲け物って奴ですから、気を落とさずに」
そのまま二人は、懐中電灯の光が照らし出す、地面に散らばっている人骨を避けながら、壁画だらけの死者回廊の中を歩き続けた。雑談を交わしながら、数キロの道程を出口に向かって……。