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死亡遊戯 48

「行くに決まってんだろ! その城舗栄って街まで、跳べるのか?」

 エンリケの言う「跳ぶ」とは、虚空門を使い、亜空間を利用して短時間で移動出来るかという意味だ。

「いや、直接は無理だ……ハノイに跳んで、そこから城舗栄に向おう。既に空間の乱れは、収まった筈だ」

 虚空門は便利過ぎる魔術だが、空間が乱れている辺りでは使えない以外にも、様々な制限がある。例えば、距離が離れれば離れる程、狙った場所に繋がり難いという制限などが。

 十キロ以下の移動であれば、ほぼ狙った場所に通じるのだが、百キロを超える距離を跳ぼうとすると、通路が繋がる先が狙いの場所から、実用性が殺がれるレベルで大きくずれ始めるのだ。空間同士の距離が離れると、精度や安定性が落ちるという意味では、空間同士を繋ぐ魔術であるタイニィ・バブルスや虚空泡沫と同様である。

 ただし、一度でも訪れた経験がある場所なら、遠距離であっても殆どずれる事なく、通路を開く事が出来る。つまり、アリリオは過去にハノイを訪れていたので、墨西哥から遠く離れていても、ハノイには確実に跳べるのだ。

 ただし、あくまで煙水晶界限定での話であり、桁違いに離れた空間にある異世界への通路を開く場合は、過去に訪れた事があっても、狙いを大きく外れる可能性が高い。

「では、ハノイに向うとするか」

 アリリオが呟きながら、光を放つ紅玉に両手で触れると、今度は地面に向けて赤い光を放射する。辺りを赤く染めた光が数秒で消え失せると、前回は空中に出現したのと同じデザインの虚空門が、今回は地面に出現する。

 アリリオは虚空門に向かって数歩歩いてから、立ち止まって振り返る。

「なぁ、こいつら……やっぱ殺しといた方が良いんじゃねえか?」

 こいつらとは、白酒屋同盟の二人の事だ。

「下手な事言い触らされたら、後で面倒な事になるかもしれねぇし」

「――何も喋りはしねぇよ。あんた等の力が……まともじゃねぇのは分かってる」

 ボスは参ったと言わんばかりに、両手を万歳する様に上げてみせてから、傍らに立っているアズテック使いの男を指差しつつ、言葉を続ける。

「こいつは墨西哥でも三本の指に数えられる魔術師だ。それが手も足も出ない相手を、敵に回す度胸は、俺にはねぇよ」

「本当だろうな? この場しのぎの嘘だったら、お前等……白酒屋同盟の連中だけでなく、お前等の家族も一人残らず、焼き尽くして灰に変えンぞ!」

 脅しでは無いエンリケの言葉には、裏社会で数々の修羅場を踏んで来た二人ですら、背筋を寒くさせる威圧感がある。

「嘘は言わん! あんた等の事は一切、他所へは漏らさん!」

 気圧された風なボスの返事に、満足気に頷いてみせてから、エンリケは再び虚空門に向かって歩き出す。そして、足先からプールに飛び込むかの様に、その中央にある靄がかかった感じの穴に飛び込み、エンリケは姿を消す。

 アリリオもエンリケの後を追い、虚空門に向かって歩き出すが、虚空門の手前で立ち止まると、思い出したかの様にアズテック使いの男に語りかける。

「――君の戦い方、悪くは無かった。名を訊いておこうか」

「ロレンソ……ロレンソ・デルライヨ」

 アズテック使いの男……ロレンソ・デルライヨの名前を聞いて、成る程とばかりに頷いてから、アリリオは呟く。

雷光らいこうのロレンソか……らしい名だ」

 デルライヨという言葉が、墨西哥の古い言葉で、「雷光の」という意味。その事を知っていたアリリオは、雷撃系統の魔術を駆使していたロレンソには、似合いの姓だと思ったのだ……魔術師としての姓であり、本当の姓ではないのは承知の上で。

 アリリオは墨西哥出身では無く、欧大州の西班牙せいへんが州の出身である。遠い昔に西班牙が墨西哥を侵略し、支配下に置いていた時期がある為、墨西哥の古い言葉は西班牙の古い言葉と同じであり、アリリオは「デルライヨ」の意味を理解出来た。

 ロレンソの名を訊き終えたアリリオは、この場での用を全て済ませたとばかりに、再び虚空門に向かって歩き出すと、エンリケ同様に虚空門の中央にある穴に飛び込み、姿を消した。直後、まるで幻であったかの様に、虚空門は揺らめきながら消滅してしまう。

 その場に残されたロレンソとボスは、少しの間……虚空門が消え去った辺りを、緊張の面持ちで眺め続けていた。驚異的な能力を見せ付けた二人が、本当に去ったのか確信が持てなかったのだ。

 二分程が過ぎて、ようやくロレンソは二人が去ったと確信し、ボスに声をかける。

「――もう大丈夫でしょう」

 魔術や魔術師に関しては、最も信頼している部下に言われて、ボスは安堵の表情を浮かべ、その場に座り込む。緊張の糸が、一気に緩んだのだ。

「酷ぇ目に遭ったぜ、全く! どれくらいの損害だか、考えたくもねぇ!」

 奪われた完全記憶結晶の被害について、ボスは口惜しげに言葉を吐き捨てる。安堵したせいで、不満を口に出来る程度の余裕を取り戻せたのである。

「命があっただけ、儲けものって奴ですよ」

 不満げなボスを、ロレンソはたしなめる。

「人の命なんて、燃料としか思っていない連中と聞いていますし」

「――あの連中が何者か、知ってるのか?」

 驚きの表情を浮かべて問いかけるボスに、ロレンソは頷く。

「完全記憶結晶を大量保有している組織を、ここ暫くの間……襲撃し続けている、聖盗とは違う得体の知れない連中の事は、ボスもご存知ですよね?」

 ロレンソに問われて、ようやくボスは気付く、自分が遭遇した二人こそが、その得体の知れない連中の中の二人かもしれない事に。


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