死亡遊戯 46
「――さっさと紅玉を手に入れて来い、それまでこいつは俺が抑えとくからよ」
エンリケはアリリオに、そう促す。アリリオが目的の紅玉を奪って宝物庫から出るまで、鍵である男を殺す訳にも、自由に行動させる訳にもいかないので(殺せば宝物庫は封印され、アリリオは閉じ込められるし、自由に行動されて、扉を閉じられても厄介)。
「助かるよ」
アリリオは軽くエンリケの肩を叩いてから、宝物庫の出入口に向かって歩き始める。出入口の前で立ち止まったエンリケは、目に魔力を集め、宝物庫の中を見回す。
封印が解かれた時点で、照明が点灯する仕組みになっているのか、それとも常時照明が照らしているのはか知らないが、宝物庫の中は暗くは無い。天井から程好い光が放射され、夜の室内程の明るさとなっていた。
自動車なら十台程が駐車出来そうな広さがある、地下駐車場の如き殺風景な見た目は、宝物庫には似つかわしくは無い。盗人に対する堅牢さ故に、宝物庫として利用されているだけで、本来作られた意図は違うのかもしれないと、アリリオは思う。
殺風景な宝物庫には、これまた業務用の倉庫に並んでいそうな、味気ないデザインの棚が並んでいる。だが、宝物庫自体と棚とは違い、棚に並んでいる物は、殺風景でもなければ味気なくも無い。
貴金属や宝石など、まさに宝物の名に相応しい物が多数、棚の上に並んでいた。その一部を盗み出すだけで、一生遊んで暮らせる程の価値がある品物だらけ。
だが、そんな宝物の数々には興味が無いとばかりに、アリリオは目もくれず、宝物庫内を見渡し続ける。本来の得物である多数の紅玉を探しつつ、罠が宝物庫内に仕掛けられているかもしれないので、魔術式を確認する為に。
だが、罠としての魔術式は、宝物庫の中には見当たらない。まず破られる筈が無い、死者回廊奥の宝物庫であるが故に、白酒屋同盟は中に罠を仕掛けてはいなかったのだ。
「罠らしいものは見あたらないな……」
そう呟きながらも、魔術式が見え難い様に隠蔽されている可能性もあるので、アリリオは警戒を解かずに、宝物庫に足を踏み入れる。そして周囲を見回しながら、宝物庫の中を歩き回る内に、出入口からは物陰になり見えない場所に、探している物があるのを見付けだし、アリリオは笑顔を浮かべる。
「見付けた! 紅玉が……百はある!」
「太陽石はあるか?」
宝物庫の外から問いかけるエンリケに、アリリオは辺りを見回しつつ答える。
「――他は……余り無い様だ。一応は全種類揃ってはいるんだが、紅玉以外は二、三個ずつしか無い」
アリリオの言う通り、棚の上に置かれた透明なケースに、完全記憶結晶は並んでいたのだが、並んでいるのは殆どが紅玉。赤い玉が並ぶ棚の上は、まるで林檎売り場の様。
「おい、どういう事だ? 手前んとこは亜米利加大州でもトップクラスの、宝珠……じゃなくて、完全記憶結晶密売組織だろうが! 何で紅玉しかねぇんだよ?」
エンリケはボスの襟首を掴み、荒っぽい口調で詰問する。
「ここ数ヶ月、完全記憶結晶の裏市場じゃ、欠品状態が続いているんだ! 記憶警察どころかアナテマの連中までもが、完全記憶結晶の裏市場の取り締まりを始めたせいでな!」
ボスの返答を聞いて、アリリオとエンリケは顔を見合わせる。アナテマが裏市場の取締りを始めた理由が、タンロン鉱山跡の罠で使用した、大量の完全記憶結晶を入手する為だっただろう事を、二人は察したのだ。
「他にも聖盗連中や得体の知れない連中まで、完全記憶結晶を狙って暴れ回っていやがるから、ウチみたいな組織でも手に入れるのは難しいんだ」
アズテック使いの男が、ボスの「得体の知れない連中」という言葉を聞いて、はっとした表情を浮かべ、エンリケを見る。その「得体の知れない連中」こそが、今……目の前にいるエンリケ達なのではないかと、勘付いたのである。
「その紅玉だって、取締りの強化の目を掻い潜って開かれた、那威州の大規模なマーケットで、何とか手に入れられた代物さ。まぁ……それに加えて本当は、蒼玉二百と紅玉二十が、別口で手に入る筈だったんだが、黒猫団のせいで手に入らなかったからな」
「黒猫団? どういう事だ?」
意外な名前が出て来たので、エンリケは驚きの表情を浮かべる。
「ウチは那威州には地盤が無いんでな、欧大州で活動する幾つかの組織に、マーケットでの買い付けを依頼していたんだが、その一つが落札した蒼玉と紅玉を、黒猫団に奪われたんだ」
忌々しげな表情で、ボスは言葉を続ける。
「新聞で報道もされただろ、あの事件で蒼玉を奪われたのが、ウチの取引相手の一つって訳さ。ウチの在庫が少ない事に関しての文句なら、俺じゃなくて黒猫団に言ってくれ」
「黒猫団か、死んでまで俺達に面倒をかけやがる、忌々しい野郎だ」
ボスの襟首から手を離すと、不愉快そうに呟いてから、エンリケは言い直す。
「――いや、死んだのは黒猫だけか」
「何だ、あんた等……黒猫が死んだなんて話、信じてるのか?」
崩れた襟元を整えながら、ボスはエンリケに問いかける。
「それは、どういう意味かな? まるで、黒猫が生きていると思っている様に、聞こえたのだが?」
ボスの問いに質問で返したのは、出入口から出て来たアリリオだった。宝物庫にある完全記憶結晶を、虚空泡沫の中に収納し終えたので、宝物庫から出て来た所、興味深げな話を耳にした為、アリリオはボスに問いかけたのである。
ちなみに、宝物庫には大量の記憶結晶粒もあったので、それらも透明な大型のボトル状のケースごと、アリリオは虚空泡沫に収納していた。
「生きてるさ、死ぬ訳がないだろう、あの黒猫が。ちゃんとハノイから逃げ延びているよ、黒猫は」
当たり前だと言わんばかりの口調で、ボスは言い切る。




