死亡遊戯 45
回廊と呼ばれているのは、ルートが螺旋を描いているから。中央に存在すると伝えられる宝物庫の周囲を回り、死者回廊は外部と繋がっているのである。
死者という名が付いているのは、中に入った人間が多数死亡し、回廊の中が人骨だらけという、凄惨な有様であるが故。宝物庫にあると伝えられる宝を狙い、回廊に侵入して死んだ者の数は、数千人だと言われている。
大量の死者を出したのは、死者回廊には古の魔術による、危険かつ膨大な数の罠が、仕掛けられているからだ。一見、その罠は壁画にしか見えないのだが、侵入者が近付くと、壁画に描かれているのと同じ怪物を出現させたり、人を亜空間に放り出す穴を出現させたりする、相当に危険な代物なのである。
ただし、膨大な死者を出したのは、基本的には昔の話。四百年程前に多数の罠を突破し、宝物庫に辿り着いた魔術師が、宝物殿の宝を全て盗み出してしまった為、死者回廊に挑む者自体が、殆どいなくなってしまって以降、死者は激減している(皆無では無い)。
宝物が盗み出されて以降は、ただの危険な遺跡と化した為、近付く人が殆ど存在しなくなった……というのは表向きの話。実際は墨西哥州を代表する大都市である、会麗央市を本拠地とする地下組織……白酒屋同盟が、非合法な品物の保管庫として利用している。
白酒屋同盟が危険な遺跡である死者回廊を、保管庫として利用出来ているのは、宝物を盗み出した魔術師が残した、罠の突破法などを記した文書を入手したから。その文書を利用し、白酒屋同盟は死者回廊を独占的に利用出来ているのだ。
回廊内に仕掛けられた、多数の壁画の罠を突破するだけでも、不可能に近い。しかも、回廊の行き止まりにある宝物庫を開けられるのは、事実上「鍵」として宝物庫に登録されている人間だけなので、白酒屋同盟が利用する様になってから、宝物庫が破られた例は無い(死者が激減したが皆無でないのは、白酒屋同盟のお宝を盗もうとする者が、たまに現れる為)。
宝物庫自体がミルム・アンティクウス相当の存在であり、その強固な封印を解除する「鍵」として登録された人間以外には、決して扉を開く事が出来ない。しかも、空間転移を行う魔術を阻害する機能までもが、宝物庫には存在するらしく、八部衆ですら虚空門を使い、内部に入る事が出来ない。
香巴拉の八部衆やアナテマの至高魔術師クラスの強力な魔術師であれば、宝物庫の破壊自体は可能であろう。だが、破壊すれば宝物庫の中の物は、全て消滅する仕組みとなっているので、宝物庫の中にある物を手に入れたければ、宝物庫を破壊する様な攻撃魔術の使用も不可能。
鍵となっている人間が自然死すると、封印は完全解除状態となり、死者回廊を突破して宝物庫に辿り着いた者は、宝物庫に入って宝物を得る事が出来る。四百年程前に死者回廊が突破された際は、それ以前の鍵だった人間が自然死した為、封印が解除されていたので、鍵無しでも宝物を盗み出せたのだ。
鍵である人間が殺害された場合も、封印自体は解除されるのだが、その場合は宝物庫の中にある全ての物が消滅してしまう為、宝物を入手出来なくなってしまう。アリリオがしつこく、安易に殺さない様にエンリケに声をかけていたのは、現在の鍵である人間……ボスと呼ばれていた、白酒屋同盟のボスを殺してしまい、宝物庫の中にある物……膨大な数の紅玉が消滅してしまうのを、避ける為である(アリリオが無駄な殺しを好まないせいでもあるが)。
アリリオは墨西哥の裏社会で、非合法な記憶結晶を扱う組織が、膨大な数の紅玉を保有しているという情報を、欧大州で得た。その組織こそが白酒屋同盟、様々な犯罪に関わる地下組織だが、麻薬は一切扱わない珍しい組織で、その代りに記憶結晶の扱いに関しては、墨西哥において他の組織の追随を許さない。
エンリケと共に墨西哥を訪れたアリリオは、死者回廊の宝物庫が、白酒屋同盟の記憶結晶保管場所である事を突き止めた。だが、八部衆の力をもってしても、鍵なしに宝物庫の中身を手に入れるのは不可能だったのだ。
故に、アリリオとエンリケは、鍵の捜索を開始。白酒屋同盟のボスが鍵であるという情報を入手し、墨西哥有数のリゾートである青洲瑠の別荘にいたボスを拉致すべく、襲撃したのである(白酒屋同盟は青洲瑠の組織ではない、あくまでリゾート目的の滞在であった為、ボスは少数精鋭の部下しか連れていなかった)。
四人がいるのは死者回廊の最深部、回廊の行き止まりにある宝物庫の扉の前。扉と言っても、普通の扉が存在する訳では無い、行き止まりの壁に描かれた、黒い両開きの扉の壁画が存在するだけだ。
エンリケはボスの襟首を掴むと、やや太めの身体を軽々と右腕だけで持ち上げ、扉の壁画に押し付ける。すると、壁画がアニメーションの様に動き始め、閉じていた扉の絵が、開いた扉の絵に変わる。
開いた両扉の壁画の間には、宝物庫に通じる開口部が姿を現している。正確に言えば、壁画が変化して、壁画として描かれた開口部が姿を現した後、壁画が本物の開口部に変化したというべきなのだが。
鍵である人間が扉の壁画に触れると、宝物庫を守る封印が解除され、壁画が開いた風に変化した後、本物の開口部……出入口が姿を現すというシステムなのである。鍵であるボスと呼ばれる男が、扉の壁画に触れたので、封印が解除されたのだ。