死亡遊戯 42
「――適切な指示だ」
その声の主は、既にワゴンの間近まで近付いていたアリリオ。視界が潰された状態で、自分達がいる辺りに地雷を仕掛ける訳は無いだろうと判断し、既にアリリオは防御殻を解いている。
「この短時間で結界の性質を見切り、機能しないホプライトを惜しげもなく即座に放棄させ、障害物が多く足場が悪い状況から、這って逃げろと指示を出す……中々出来る事ではない」
声の方向から、アズテック使いの男はアリリオの居場所を察し、既に阿式雷紋が甲に書き込んである左手を、アリリオに向ける。直後、左手から稲妻が発生するが、その稲妻が放たれる直前、その左腕が上向きに跳ね上げられる。
蜘蛛の巣の如き雷光は、数十メートル上空まで伸びて、消え失せる。本来は凄まじい光の発生を伴う、トラロックという強力な雷撃魔術なのだが、黒洞の影響を受け、光の強さは相当に抑えられてしまっている。
雷撃や炎撃など、光の発生を伴う攻撃魔術は、黒洞とはいえ光を完全に抑えられはせず、その稲妻や炎などは、誰にでも一応は見れる。ただし、光の強さは相当抑えられてしまう為、そういった魔術を照明代わりに利用する事は難しい。
左腕を跳ね上げられた、アズテック使いの男は、身近に敵がいるのを察した。右手の甲に記述したまま、待機状態にしておいた阿式雷紋を発動、瞬時に防御殻を作り出す。
ただの防御殻ではなく、高熱の炎を表面から発生させ、近接戦闘中の相手に熱攻撃を行う、攻防一体の防御殻。黒洞の影響で光が抑えられてしまう為、熱せられた作りかけのガラス玉の様にしか見えないが、通常なら派手な炎が周囲を赤々と照らす、派手な魔術……トナティウだ。
光は抑えられているが、トナティウは通常通りの威力がある。その炎に生身のまま触れれば、大抵の人間は焼死を免れられない。
だが、アズテック使いの男の左腕を跳ね上げた為、近くにいた男は、右腕が炎に触れたにも関わらず、焼死どころか火傷を負う様子すら無い。その右腕は、炎に包まれているというのに。
その男……エンリケは、全身に大量の魔力を流し、かなり強めの魔力の鎧で身を守っているので、生身の人間を殺傷するのが限界のトナティウの熱程度で、ダメージなど負わないのだ。ただし、肉体的なダメージという意味でだが。
「アチっ! あ……熱ちィだろうが! この野郎!」
魔力の鎧では精神的ダメージ……熱さや痛みを防げない為、エンリケは肌を焼かれたかの様な、肌を刺す苦痛に顔を歪めつつ、怒号を上げる。同時に、燃え上がる右手で、胸で輝く太陽石に触れる。
すると、一瞬で炎が消化される。冷却する魔術を使い、右腕の表面を一気に冷やして、エンリケは炎を消し去ったのだ。痛みが消えて、安堵の表情を浮かべてから、すぐにエンリケはアズテック使いの男を睨み付け、煽り口調で声をかける。
黒洞のせいで、睨んでも相手には見えていないのだが。
「こんなヤワな炎で、俺様を焼けるだの倒せるだの、思ってんじゃねぇだろうなぁ、おい?」
エンリケの問いには、アズテック使いの男ではなく、アリリオが呆れ顔で応える。
「ヤワな炎とか言ってる割りには、随分と情け無い声を上げていた様だが?」
「うるせぇな! 熱いもんは熱いんだよ!」
アリリオに向かって怒鳴りながら、太陽石に触れたままの右手に、エンリケは強力な魔力をチャージし、汎用的な香巴拉の炎撃魔術である、焚焼法を発動。右手だけでなく右腕全体に、夕陽の如き色合いの炎を纏う。
黒洞の中なので、発生する光の強さが抑えられているとはいえ、トナティウよりも明らかに光が強く、その熱量の凄まじさを見る者に感じさせる。焚焼自体は八部衆なら誰もが使える、香巴拉にとっては普通の魔術。
だが、太陽石と紅玉の八部衆であるエンリケとアリリオは、炎や熱による攻撃魔術を、他の八部衆よりも得意とする。故に、二人が使う焚焼は、他の八部衆が使う場合より魔力の消費量が小さく、熱攻撃能力の上限が高い。
ちなみに、胸の完全記憶結晶と、焚焼法が出現させる炎の色は、同じになる。
「手前も燃えてみろ!」
エンリケは炎を纏った右腕で、トナティウの燃える防御殻を殴りつける。拳だけでなく腕全体を使った、プロレス技のラリアットと言った感じの殴り方で。
炎のラリアットは、一撃でトナティウの炎を消し去り、防御殻を粉々に打ち砕く。それだけでなく、右腕に纏っていた炎は、アズテック使いの男に襲いかかり、その身を火達磨にしてしまう。
炎に包まれたアズテック使いの男は、絶叫を黒洞に響かせながら、崩れ落ちてのたうち回る。黒洞のせいで見え辛いが、着衣は既に半分程が消失し、肌もかなりの部分が焼け焦げ、明らかに致命的なダメージを負っている状態。
人が焼ける嫌な臭いに顔を顰めながら、アリリオがエンリケを窘める。
「――安易に殺すなと言っただろ」