死亡遊戯 41
「とりあえず、脚ィ止めとくか。今なら黒洞が使える」
そう言い放ちながら、エンリケは左手で光り輝く太陽石に触れる。そして、オレンジ色の光を移した左掌を、光らぬ右掌と胸の前で合掌。
すぐに光は消え失せてしまうが、エンリケが両掌を離すと……そこにはピンポン玉程の大きさがある、黒い球体が出現していた。エンリケは右手で黒球を握ると、前方を行くワゴン車の上の辺りに向けて、右手を突き出す。
すると、黒球は砲身から放たれた砲弾の如く、ワゴン車の上に向かって向かって飛んで行くと、ワゴン車の数メートル程上で、爆発したかの様に急激に膨張を開始。下にあるワゴン車だけでなく、周囲の地面や木々までも飲み込みつつ、巨大化し続ける。
二秒もかからずに、半径が百メートル程になったあたりで、黒い球体の巨大化は止まる。ワゴン車が走っていた辺りを中心に、黒い半球状のドームが、森の中に出現した状態になったのだ。
「――ったく、殺さねぇ様に脚止めするのは、面倒臭ぇな!」
愚痴るエンリケに、アリリオは声をかける。
「上出来だ! 降りるぞ!」
左手で胸の紅玉に触れると、アリリオは赤味がかった、人が二人余裕で入れる大きさがある、半透明で球形の防御殻を作り出し、自分とエンリケの身を守りつつ、黒いドームの手前に降り立つ。仕掛けられているかもしれない地雷を、アリリオは警戒したのである。
球形の防御殻の内側を歩き、防御殻を転がしながら、二人は前進を始める。直後、雷鳴に似た激しい音と共に金色の稲妻が発生、稲妻は防御殻に弾かれて周囲に飛び散る。
雷撃魔術が仕掛けてある地雷を、防御殻越しにエンリケが踏んだのだ。
「また地雷かよ! しつけぇ野郎だ!」
忌々しけに言葉を吐き捨てつつ、前進するエンリケに歩調を合わせ、アリリオも前進する。転がる防御殻は、すぐにエンリケが作り出した黒いドームに接触、そのまま溶け込む様に、防御殻ごと二人は黒いドーム……黒洞という魔術的結界の中に入って行く。
黒洞の中は真っ暗で、殆ど視界が効かない……普通の人間には。強力な魔力や気の力を操れる者は、目に魔力や気を集中する事により、星明りに照らされる夜程度には、見える様になる。
魔術的な光であれ、そうでない光であれ、全ての光源は殆ど役立たなくなる。故に、強力な魔力や気の力を操れるだけでなく、それを目に集める対処法を知っていれば、ある程度は行動出来るが、そうでなければ視界を完全に潰されたも同然の状態となる。
光源を潰す事だけが、黒洞の能力では無い。もう一つ……移動用の魔術を全て、流派を選ばず機能停止に追い込む能力を、黒洞は持っている。
つまり、魔動エンジンなどの乗り物の動力源となる魔術式は、機能しなくなってしまう訳だ。エンリケが黒洞を出現させたのは、先行するワゴン車の魔動エンジンを停止させ、脚止めする為であった。
ただし、黒洞は流派を選ばずに作用する為、香巴拉式の空中移動用魔術……飛行魔術である美翼鳥法も、機能停止に追い込んでしまう。だからこそ、エンリケとアリリオは黒洞に入る前に、地上に降りたのである。
エンリケの「今なら黒洞が使える」という言葉は、先程は使えなかったという意味でもある。先程とは、海を逃げる船を目にした時の事。
美翼鳥法などの移動用の魔術が使えなくなる為、海上では船の用意無しに黒洞の中に入ると、八部衆であっても泳ぐしかない(タイソンや閔兄弟など、水の上を走れる武術を使える者達は別だが)。ビーチで船を盗んで調達したとしても、黒洞の中では手漕ぎで進むしかない為、それなら黒洞を使うより、直接美翼鳥法で追跡した方が早い。
故にエンリケにとっては先程、黒洞は使えない状態と言えたのだ。黒洞は基本、陸上で敵の脚止めに使ったり、広範囲に展開して、動きの速い相手の動きを封じて戦う場合に使う、一種の結界魔術なのである。
「――連中、混乱してるみたいだな」
森の中で停止してしまったワゴン車の周囲で、右往左往する男達の姿を眺めながら、アリリオは楽しげに呟く。見えると言っても、車や人影が確認出来る程度であり、表情などは確認出来ないのだが、聞こえて来る焦りの声から、混乱している状況は伝わって来るのだ。
「落ち着け! ホプライトは動くか?」
アズテック使いの男が、部下に問いかける声が聞こえて来る。
「腕は動くが、脚が動かねぇ!」
「俺のもだ!」
部下達の返事を聞いて、アズテック使いの男は即座に状況を判断。
「ワゴンも魔動エンジンとライトの魔術機構だけダウンしてる! これは移動に使う魔術と、光だけを封じる種類の結界だ!」
黒洞の性質を見抜き、アズテック使いの男は言葉を続ける。
「ホプライトは脱ぎ捨て、這って逃げろ! ボスは俺が何とかする!」
だが、その指示に対する返事は戻っては来ない、代わりに部下では無い者の声が返って来る。




