死亡遊戯 39
「気が早ぇよ。僧伽を作ろうにも、今の俺達には無理だろうが」
自らが開けた穴に向って歩き出したエンリケが、不愉快そうに言い返した通り、今の八部衆は僧伽を組織する事が出来ない。特別な支配関係である僧伽を組織し……魔術師を僧伽に加える能力は、香巴拉の神殿でなければ使えない様に、全ての法輪に制限が仕掛けられているのである。
高位の魔術師達が、密かに自らの僧伽の勢力拡大を謀るのを防ぐ為、設定された制限だとされている。故に、神殿が浮遊大陸と共に封印されてしまっている現状、八部衆であっても僧伽を組織する事は出来ないのだ。
ただし、何らかの理由で神殿が使えない状態が、長期間続いた場合、この僧伽を組織する能力を制限するリミッターを、解除出来る様になる。ただし、解除出来るのは、法輪のリミッターを解除出来る、特殊能力を持つ魔術師に限定される。
八部衆の場合、その特殊能力を持つのは、天だけ。神殿が使用出来ず、天が復活を果たしていない現状、エンリケの言う通り、復活を遂げている八部衆は、僧伽を組織出来ないのである(封印戦争時には、リミッターが解除出来る様になる程の長期間が過ぎる前に、八部衆が全滅した為、新しい僧伽が組織される事は無かった)。
「勝者は先ず勝ちて、後に戦いを求むと言うだろう」
エンリケの後を追いつつ、アリリオは続ける。
「物事の成否は、始まる前に決まっている。時が来てから備える様では、遅過ぎるのさ」
「――そんな先の事より、今現在……逃げられそうになってる連中の方を気にろよ、この気障野郎!」
壁に開いた穴を通り抜けてラウンジを出て、その先にある廊下に移動しながら、エンリケはアリリオに言い返す。
「今回の獲物は紅玉、俺は別にどうなろうが構いやしねぇんだが、紅玉欲しがってるお前が案内してくれって頼むから、わざわざ一緒に来てやったんだぞ!」
墨西哥で暗躍する犯罪組織が、膨大な数の紅玉を保有しているという情報を、とある筋からアリリオは掴んでいた。紅玉を入手する為、墨西哥に向う事を決めたアリリオなのだが、墨西哥に行った経験が無かった。
故に、アリリオは墨西哥出身であるエンリケに、案内役としての同行を頼んだのだ。
「敵の手際に、悠長に感心してる場合か? 少しは焦りやがれ!」
「それは、まぁ……その通りだな」
アリリオは、やや気恥ずかしげに頭を掻きながら、廊下の壁に開いた大穴の前に立つ、エンリケの右隣に並ぶ。廊下の向こう側は屋敷の外になっているので、アリリオの目線の先に広がる光景は、既に屋外……南国らしい高く青い空の下、これまた陽光に煌く青い海が広がっている。
五月二十二日、赤道に近い墨西哥の青洲瑠の外気は、既に夏の様に暑い。海辺であるが故に湿度も高く、空気は粘る様だ。
「――海に逃げやがったか」
海を眺めながら、エンリケは呟く。屋敷が建ってるのは、海辺を見渡せる高台であり、海辺の桟橋から発ったと思われる船が二艘、白い航跡を曳きながら、沖に向かって進んでいる。
スピードを優先したハイパワーの船らしく、左右に分かれて海辺から遠ざかって行く。
「二手に分かれたか、どっちかは囮だな。こっちも二手に分かれるか」
エンリケの言葉に、アリリオは異を唱える。
「いや、どちらも囮だ」
「何で、そう言い切れる?」
納得がいかないとばかりに問いかけるエンリケに、アリリオは答える。
「こちらが禁忌魔術の使い手なのを、あのアズテック使いは知っている。当然、こちらが飛行魔術を使える可能性を考慮して、逃亡を謀る筈だ」
「だから、それがどうかしたのかよ?」
「飛行魔術の存在を考慮しなければ、海を高速船で逃げる方が、策としては正しい。その場で一番足の速い船で逃げれば、まず追い着かれる事は無いからね」
右手で海を指差しつつ、アリリオは話を続ける。
「だが、追っ手が飛行魔術を使えるとなれば、話は別だ。幾ら足の速い船でも、飛行魔術の使い手には追い着かれる上、広い海原には身を隠す場所もなければ逃げ場も無いから、追い込まれるしかない」
「――だから、海に逃げた訳が無いんで、船はどちらも囮って訳か?」
エンリケの問いに、アリリオは頷く。
「考え過ぎじゃねえか、幾らなんでも?」
「考え過ぎるくらいでないと、地雷踏まされる相手なのは、お前だって分かっている筈だ」
先程、安易な行動を取り、雷撃魔術が仕掛けられた地雷を踏み、結構な苦痛を味わったエンリケは、苦虫を噛み潰した様な顔をする。
「海を行く船を追ったら、逃がす可能性がある」
そう言いながら、アリリオは左手で胸にある完全記憶結晶……紅玉に触れる。発光を止めていた紅玉が、再び赤い光を放ち始める。直後、アリリオの背中から赤い光が放射され始め、光の翼を形作る。
香巴拉式の飛行魔術、美翼鳥法を発動したのだ。
「陸路を逃げたのだろうが、まともな道は通るまい。屋敷の裏に森が広がっていたから、木々に隠れて逃げている可能性が高い……追うぞ!」
そう言いながら、アリリオは穴から飛び出し宙に舞う。赤い光の翼から、同じ色の光の粒子群を噴出し、アリリオの身体は急上昇を始める。
エンリケも左手で、光が失せていた胸の太陽石を撫で、再び橙色の光を発生させると、美翼鳥法を発動し、同じ色の光の翼を背中から生やす。穴から屋敷の外に飛び出したエンリケも、光の粒子群を翼から噴射しつつ急上昇を開始、アリリオの後を追う。




