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死亡遊戯 37

「墨西哥にいた頃の俺様は、こいつ専門でね。こいつは銃みたいに音もしなけりゃ、アズテックみたいに危なくもねぇからよ」

 墨西哥州を中心とした地域で、古来より使用されいた、現在ではアズテックと総称される魔術流派は、強力な魔術なのだが、難易度は高く使用時のリスクも高い。発動に失敗すると、術者の方が大きなダメージを負う場合が多く、禁忌魔術に指定されている。

 当然、アズテックは法的には違法な存在なのだが、四華州や越南州における仙術同様、墨西哥州の裏社会では、使用者の安全性を無視した形で広まっているのが実情なのだ。エンリケがアズテックを「危ない」と評するのは、そんな裏社会で、アズテックの使い手が、自滅同然の目に遭った姿を、何度も目にしていたからである。

 開いた胸元から漏れるオレンジの光に、エンリケはナイフの刃を近付ける。蝋燭から蝋燭に火を移す風に、ナイフの刃にオレンジ色の光を移してから、エンリケはナイフの切先を石壁に向ける。

「焼き切っちまえ、太陽刀タイヤンダオ!」

 エンリケが鋭い声を発すると、ナイフの光は眩い程に強くなりつつ、光線の様に前方に伸び、ケーキにナイフを突き刺したかの様に、あっさりと石壁を貫いてしまう。更に、エンリケは右手を動かし、ケーキを乱雑に切り分けるかの如く、壁をバラバラに切り裂く。

 蒼玉界でいえば、石切り場でジェットバーナーを使い、石を切り出す時の様に、ナイフから伸びた高熱の光で、エンリケは石壁を焼き切ってしまったのだ。発生させる音も、ジェットバーナーと似ている噴射音風で、かなり喧しい。

 ばらばらに切り裂かれ、板張りの床の上に転がった石壁の残骸は、灰色に光る粒子群となり、空気に溶け込む様に消滅してしまう。直後、石壁の残骸があった辺りより、二メートル程奥で、続け様に爆発が発生。

 攻撃だと判断したエンリケは、太陽刀を解除し、自分とベージュのスーツの男を守るべく、瞬時に防御殻を作り出す。だが、爆発は二人の侵入者を爆風と破片で攻撃しようとはせず、大量の灰色の煙を撒き散らし、ラウンジ内を煙で満たすだけだった。

 防御殻に守られている為、二人の侵入者の周りに煙は流れて来ない。エンリケの胸から放たれる光が、照明代わりになってもいる為、ラウンジの奥の方は見渡せないが、二人の侵入者の視界は一応、維持されている。

「壁が破壊された場合、煙幕弾が起爆する仕掛けになっていたようだな」

 ベージュのスーツの男は、アズテックを使った魔術師が、両手をジャケットのポケットに突っ込んでいた光景を思い出しつつ、言葉を続ける。

「足で防御壁……石壁を作った後に、ポケットから出した煙幕弾を仕掛けた上で、逃げたんだろう」

「下らねぇ時間稼ぎしやがって!」

 苛立たしげに言葉を吐き捨てながら、エンリケは防御殻を用済みとばかりに解除すると、ずかずかと前進を始め、煙幕の中を突き進み、姿を消してしまう。

「安易に防御を解いて、前に出るのは控え給え!」

 ベージュのスーツの男は、更なる仕掛けを警戒、赤い光を放ち始めた胸元に右手を突っ込みながら、エンリケに声をかける。ネクタイに隠れているが、実はシャツの第三ボタンが外されたままになっているので、ベージュのスーツの男は何時でも、胸元に手を挿し入れられる様になっているのだ。

「仕掛けが煙幕弾だけとは……」

 ベージュのスーツの男が言い終わる前に、耳を劈く雷鳴の如き音が、エンリケが進んで行った方向から響いて来る。ほぼ同時に、エンリケの悲鳴も。

「雷撃か……だから言っただろ」

 仕掛けられていた雷撃系の罠に、エンリケが嵌ったのを察し、ベージュのスーツの男は呆れ気味に呟く。身を案じている様子は無い、音の大きさから雷撃の威力を大雑把に把握し、その程度の雷撃では、エンリケがやられたりはしないと、男は確信しているのだ。

「アリリオ! テメェの注意は、何時も遅過ぎだ! 注意するなら、もっと早くしやがれ!」

 怒気をはらんだエンリケの声が、ラウンジ内に響き渡る。

「邪魔なんだよ、煙幕風情が!」

 直後、エンリケの声がする方向で、煙幕ですら隠し切れない、強烈なオレンジ色の光が、ジェット噴射音に似た音を伴い発生。続いて、壁や柱が砕ける破砕音が入り混じったかの様な音が、爆音と交じり合い響き渡る。

 雷撃魔術の罠に嵌ったエンリケは、煙幕に苛立ちをぶつける様に、正面の壁に向けて光線魔術アムスジャーラを放ち、壁を吹っ飛ばしたのだ。只の腹癒せでは無く、煙幕のせいで罠に引っかかったと考えたエンリケは、煙幕を晴らす為には、ラウンジ内を換気すれば良いと考え、換気の為に壁に大穴を開けたのである。

 エンリケの目論見通り、壁に開いた直径三メートル程の、ラウンジの外どころか屋敷の外にまで通じた大穴は、外気とラウンジ内の空気を入れ換え始めた。流入して来る新鮮な外気と入れ替わる形で、煙は外に排出され、ラウンジの視界は回復して行く。

 煙幕が薄れると共に、ラウンジの床の様子が露になる。ラウンジの床の各所には、煙水晶粒で阿式雷紋が書き込まれていた。

 アズテック使いの魔術師が、去り際に仕掛けておいた、踏むと雷撃魔術が発動する、地雷として機能する阿式雷紋だ。視界を煙幕で潰された侵入者が安易に動くと、この雷撃魔術の地雷を踏んでしまう、仕掛けになっていたのである。


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