死亡遊戯 34
神流の気持ちが落ち着くのを待ってから、ティナヤは神流が先程、問いかけた事に対する答を、口にし始める。
「――それで、朝霞が今……どこにいるかって事なんだけど」
ティナヤの言葉を聞いて、神流は顔を上げる。
「魂の羅針盤の針の動きから推測すると、ハノイからそんなに離れてはいない、南方にいると思うの」
ポケットの中から、折り畳まれた地図を取り出しつつ、ティナヤはベッドの神流の右隣に腰掛ける。そして、ベッドの上に地図を広げて、ティナヤは神流に見せる。
亜細亜大州と欧大州が印刷された地図であり、様々な場所からラインが引かれていた。ハノイまで来る途中、ティナヤは様々な地点で針の向きを記録し、地図に針の向きを記していたのだ。
今回、ハノイに辿り着くまでに四日もかかってしまったのは、天橋市からハノイに向う為の最短ルートから外れ、大きな寄り道をしたせいである。寄り道の先は、欧大州に属する希臘州の街、雅典。
天橋市からハノイに向う最短ルート上では、縮地橋で跳んだ露東州に移動した時以外、魂の羅針盤の針は微動だにしない。最短ルート上からだと、朝霞がハノイと同方向……西南西にいるのが、その原因だとティナヤは考えた。
露東州では針は少しは動くのだが、それでも針が指すのは大雑把に西南西である事に変わりは無かった。露東州の計測地点から針の指す方向にラインを引いても、最短ルートにおける他の地点からのラインと、角度に余り差が無かったのだ。
そこで、朝霞の現在位置を正確に絞り込む為には、本来の最短ルートから大きく離れた場所に移動し、そこで針の向きを記録した方が良いと考えたティナヤが、欧亜縮地橋を使った回り道を主張。幸手も同意した為、二人は最短ルートを外れて、欧亜縮地橋がある華北州の呂梁市に向い、欧亜縮地橋で雅典に跳んだのである。
遙か西の雅典で、魂の羅針盤の針は明確な動きを示し、これまでとは明らかに角度が違うラインが、地図上に引かれる事になった。この雅典からのラインと、他のラインの交差する辺りが、朝霞の現在地点だとティナヤは推測。
雅典からのラインと、他のラインが交差するポイントを、ティナヤは地図上で指し示す。
「多分、朝霞がいるのは、この城舗栄なんじゃないかな?」
「城舗栄? ここからだと三百キロ弱、南に行ったところか!」
厳密には二百七十キロ程、ハノイから離れた城舗栄の名は、神流も地図で見て知っていた。知っているだけで、城舗栄に朝霞がいるなどとは思いもしなかった為、ハノイ近辺の街まで足を伸ばし、朝霞を探し回っていた神流にとっては、調査対象範囲外だったのだが(二百七十キロ離れた城舗栄は、ハノイ近辺とはいえない為)。
「神流っちが構わなければ、すぐに城舗栄に出発したい所なんだけど」
地図を見ている神流に、幸手は話を続ける。
「アナテマがいるハノイに長居はしたくないし、天岩戸は太陽が出てる時間帯だと見付かり易いから、夜の内にハノイを出たいんだ」
「だったら、すぐに城舗栄に向おう。何時でも出発出来る用意は整えてある」
神流はコーヒーのカップを手に取ると、飲みかけだったコーヒーを一気に飲み干し、立ち上がる。そして、紙製のカップを部屋の隅にあるゴミ箱に投げ入れると、魔術書や洗面道具など、キャリーケースから出してある僅かな物を手に取り、部屋の隅に移動。
部屋の隅に置かれていた、銀色のスチール製キャリーケースを開くと、その僅かな物を突っ込み、神流はキャリーケースを閉じる。
「じゃあ、チェックアウトして来るから、二人は屋上で待ってて!」
幸手とティナヤは頷くと、窓を開けて外に出る。窓の手すりを足場にして、ホテルの壁の突起を掴み、すぐに二人は壁を登り始め、姿を消してしまう。
神流は窓を閉じて施錠すると、カーテンを閉める。そして、一応は忘れ物が何もないか、ベッドや洗面所、シャワールームなどを一通り確認してから、キャリーケースを手にして出入口に向う。
ドアを開けて廊下に出た神流は、一週間以上滞在し続けた部屋に、多少の名残惜しさを覚えつつ、ドアを閉めて鍵をかける。オートロックなどという気の利いた物は、このホテルのドアにはついていない。
部屋から近い階段で一階に下りた神流は、場末のバーのカウンターと言われたら信じてしまいそうな程に、安っぽい作りのカウンターの前に辿り着く。これまたバーのホステスと言われたら信じてしまいそうな、艶っぽいスーツを着た女性のフロントクラーク相手に、素早くチェックアウトを済ますと、神流はドアを開けてホテルの外に出る。
ネオンサイン風の魔術機器を利用した、赤味が強い光を放つ「シンチャオ」の看板を一瞥してから、繁華街であるが故に、夜中に近いのに賑わう通りを、神流は歩き始める。だが、数十メートル歩いた辺りで、ビルとビルの間の細い路地に入ると、神流はキャリーバックを持ったまま、壁を足場に数度の跳躍を繰り返し、ビルの屋上に上ってしまう。




