死亡遊戯 31
「――それで、さっき言っていた『無事に天橋市には戻れたと思うけど、まだ蒼玉の消滅は出来てない』っのは、どういう事だ?」
自らの死に関する誤報についての話から、朝霞は話題を切り替える。
「ああ、それなら……星牢だっけ? 完全記憶結晶を守ってる例の結界の解除が、かなり難しいからさ」
オルガの返事を、三人の中では結界の解除などには一番強いタチアナが受け継ぎ、説明を加える。
「ミーリーの話だと、膨大な数の完全記憶結晶を守っているのは、複数の魔術流派の防御結界魔術を、かなり面倒な形で組み合わせてる結界らしくて、かなり時間がかかるらしいっス」
昨夜、この屋敷を来訪したミーリーから、タチアナ達は星牢の解除状態について、説明を受けていた。紅玉自体は十五日の段階でセマルグルに引渡し、その後はセマルグルに属する、結界解除に強い魔術師達により、解除作業が行われていた。
だが、それらの凄腕の魔術師達にとってですら、アナテマが占有する魔術結界といえる星牢の解除は、困難を極める作業であった。故に、解除までは一ヶ月くらいの期間が必要になるかもしれないと、タチアナ達はミーリーに伝えられていた。
「幾つ仕掛けてあるか分からない魔術を、地道に一つ一つ解除し続けるしかない、嫌がらせの様な防御結界らしいッス。しかも、強引に破壊しようとすると、中にある完全記憶結晶を、亜空間に送り込む罠とかも、仕掛けてあるみたいで……」
「つまり、姫や巫女が天橋市に星牢を持ち帰っても、まだ星牢を解除出来ている訳が無いので、蒼玉の消滅は出来ていないって訳か?」
朝霞の問いに、トリグラフの三人は頷く。
「まぁ、旦那だったら片っ端から魔術式を、奪う蒼で剥ぎ取っていけばいいだけから、そんなにかからずに、星牢を破れるかも知れないっスけど」
「それは、確かに……。だったら、なるべく早目に天橋市に戻らないとな」
妹の美里の蒼玉を、早く消滅させたい朝霞の、率直な感想である。無論、心配をかけているだろう三人の仲間や、他の蒼玉界の者達に、無事な顔を見せたいからでもある。
朝霞が天橋市に戻ると、朝霞と離れ離れになるトリグラフの三人は、やや気落ちした風な表情を浮かべつつ、顔を見合わせる。
「早く天橋市に戻りたいのは分かるけど、黒猫君は此処に居続けて、治療とトレーニングに専念しないと駄目だよ、あと一週間くらいは」
タマラは強い口調で、朝霞に語りかける。
「僕だから短期間で身体を元に戻せるんで、治療途中で天橋市に戻ったりしたら、本調子に戻るまで、結構な日日がかかるんだからね」
朝霞自身も、身体にまともに力が入らない現状、治療の継続やトレーニングの必要性は理解している。黒猫団で治療や回復を担当する幸手にも、ちゃんと治療を終えずに途中で止めると、後を引いてしまう事の説明を、過去に受けていたので、タマラの言う事が正しいのは理解出来だ。
「だいたい、今の黒猫君の体力だと、天橋市までの長距離移動だって危険なくらいだ。まだ自覚が無いかもしれないけど、体力だって最低レベルまで落ちているんだし」
身体が完治していないだけでなく、朝霞は体力も著しく低下している。そんな状態で、数日はかかるだろう天橋市までの長距離ドライブを行えば、朝霞の身体はダメージを負い、完治までにかかる日数が、更に増えてしまうのは確実。
なるべく長い間、朝霞と共に此処に滞在したいという感情が、タマラにはあるのだが、その感情に流されての意見では無い。あくまで治療や回復を担当する魔術師や聖盗としての、理性的な意見である。
「治療が終わったら、オイラの車で天橋市まで送るんで、それまではオイラや姐御と一緒に、旦那も治療とトレーニング続けるっスよ」
それがベストなのだろうと納得し、朝霞が頷いたのを目にして、トリグラフの三人は嬉しそうな顔を見せる。一週間程、朝霞と共に過ごせる事になった嬉しさを、隠せないのだ。
話が一段落して、気が緩んだせいだろうか、朝霞の腹が空腹を知らせる、気の抜けた音を立てる。朝霞は恥ずかしそうに、腹を押えて頬を赤らめる。
「意識が無い間、何も食べてなかったんだから、腹が減るのも当たり前さ」
オルガの言葉に、タチアナとタマラも頷く。
「他にも話はあるけど、とりあえず……夕食にしようか。あたし達も腹は減ってるし」
地下室での治療を続けている間に夜になり、そのまま応接室で長話を始めてしまっていたので、朝霞程ではないが、トリグラフの三人も空腹を覚え始めていた。
他にも、ミーリーに開示された八部衆関連の話など、話すべき事はあるのだが、残りの話は夕食後に回し、四人は夕食を摂る事にした。四人は立ち上がり、出入口に向かって歩き始める。
「昼の残りもあるけど、せっかく旦那も目覚めたんだし、何か作るっスかね」
応接室のドアを開けながらの、タチアナの言葉だ。タチアナは料理が得意なので、料理は大抵タチアナが担当し、後片付けや他の家事などを、オルガとタマラが担当する場合が多いのである。
「手伝うよ、色々世話になってばかりで悪いし」
「旦那、料理とか出来るんスか?」
「一応はね。まぁ、上手くもないけど」
黒猫団の場合、普段は同居してる料理好きのティナヤに、料理を頼る場合が多い。だが、ティナヤ不在の時は、黒猫団の三人も料理をせざるを得ないので、最低限の料理能力は持っている。
ただし、三人共……一応出来る程度で、上手い訳では無い。
「じゃあ、頼むっス。姐御とトーマは雑過ぎて、当てにならないんで」
タチアナの言葉を聞いたオルガとタマラは、多少不満げに半目になるが、事実なので言い返しはしない。実際、料理を二人に手伝わせると、むしろ手間がかかってしまう程なので。
色々と料理や食事に関する雑談を交しながら、四人は廊下に出て歩き続ける。階段を下り、階下にあるダイニングキッチンに移動する為に。