死亡遊戯 30
「何故だい?」
不思議そうに問いかけるオルガに、朝霞は答える。
「――夜叉が言っていたんだ、『蒼玉の回収よりも、俺にとっては黒猫……透破猫之神を、今の段階で消し去る事の方が、既に最優先されるべき目的だ!』みたいな感じの事を」
朝霞の言葉を聞いて、トリグラフの三人は驚きの表情を浮かべる。
「どうやら俺は、八部衆に狙われているらしい」
「何で旦那が八部衆に?」
「俺にも理由は、良く分からない。ただ、夜叉は妙な事を言っていたんだ。黒猫……透破猫之神は香巴拉の天敵で、俺はその再来……煙水晶界に現れた、二匹目の黒猫……透破猫之神なんだって」
「再来って事は、一度は消えて……また現れたという事だから、黒猫君の前に別の黒猫がいた訳か。何かややこしい言い方になるけど」
そう評したタマラは、朝霞ではない黒猫には「君」を付けずに呼び、一応は区別しているつもりだった。
「過去に煙水晶界に現れた、別の黒猫か。旦那は何か、心当たりとか有るっスか?」
「心当たり……」
タチアナに問われた朝霞の頭に、透破猫神社に祭神として祭られる、透破猫之神の石像の姿が浮かぶ。朝霞の透破猫之神の姿と名前の元となった、実在したと伝えられる、透破猫之神を象った石像の姿が。
四百年程前、神仙の如き力を持つ透破……忍者が、戦の時代が終わった後に、黒猫の様な仮面を被り、透破猫之神と呼ばれる義賊として活躍した。名に「神」の一字を持つ透破猫之神は、多くの人を飢えから救った事から、庶民の人気が高く、死後……実際に神社に神として祭られたと、川神市では伝えられている。
「心当たりというか、確かに俺の前に一人、透破猫之神は……いたといえばいたんだが。そもそも、俺の仮面者の姿と名は、四百年程前に実在した泥棒が、元になってるんで」
「その四百年前の透破猫之神が、昔……煙水晶界に来てたのかねぇ?」
オルガに問われた朝霞に、数年前……小学生の頃の記憶が蘇る。透破猫神社には、石碑や絵馬……燈籠など、様々な物に六芒星が記されていた為、六芒星をシンボルとする、聖盗やソロモン式魔術との関連を、今の朝霞は感じてしまう。
(神社の人は、籠目って言っていたけど、今になって思うと……ソロモン式のシンボルやら魔術式だったのかもな、あれは……)
籠目とは、日本における伝統的な六芒星の文様であり、伊勢神宮など、他の神社でも見られる文様だ。透破猫神社の宮司や巫女は、六芒星を籠目と呼んでいたのである。
故に、朝霞自身も透破猫神社の六芒星は、只の籠目なのだと思っていたのだ。
「案外、そうだったりするのかもね。確かめようが無い話ではあるけど」
朝霞はオルガの意見に同意しつつ、言葉を続ける。
「まぁ、とにかく……俺は八部衆に狙われているみたいなんだが、とてもじゃないが戦える状態じゃない。身体が回復してからでないと、戦うどころか、逃げ回るのすら難しいだろう」
見た目は肌の色以外、ほぼ元通りといえるのだが、朝霞の身体は完治している訳では無い。内部には再生を終えていない部分も残されているし、再生した部分も身体に馴染むには数日がかかる為、慧夢は余り力が出せない上、身体に負荷がかかると、相当な痛みを感じるのだ。
月光浴による治療を続けつ、痛みや負荷が程々のレベルのトレーニングを、一週間程続ければ、元通りになるらしいと、治療を担当したタマラから、朝霞は聞いていた。慧夢ほどのダメージを負っていなかったオルガとタチアナは、今日からトレーニングを始めていて、あと二日もすれば完全回復が可能だという話も。
「そんな状態で生存をアピールしたら、八部衆も俺の生存を知る筈だ。そうなれば、八部衆は俺を探し出して殺そうとするだろうから、まともに戦えも逃げられもしない俺は、殺されるしかない」
「つまり、自分が死んだと思われていた方が、八部衆に狙われずに済むから、そのままにしておくって事っスか?」
タチアナの問いに、朝霞は頷く。
「誤報は有り難く、回復する為の時間稼ぎに利用させて貰う。心配してる筈の連中には、少し悪いけどな」
神流や幸手……そしてティナヤの顔を思い浮かべながら、朝霞は呟く。
「仲間への生存連絡、セマルグルに頼むかい?」
オルガの言うセマルグルとは、紅玉界の聖盗の支援組織名である。東方表意文字で、聖七頭鳥と書かれる場合があるが、紅玉界における神話において、女神を守る聖なる鳥の名なのである。
男女比が異常に女性に偏っている紅玉界の性質上、紅玉界の聖盗は殆どが女性である為、女性の聖盗達を女神に擬え、支援組織の名として、セマルグルが選ばれたらしい。セマルグル自身も、聖盗だった者達が多い為、女性が多い組織となっている。
「そうだな……」
どうすべきか、朝霞は考えを巡らす。セマルグルに限らず、元聖盗や聖盗の深い関係者のみで構成される、聖盗の支援組織からの情報漏洩は、通常なら有り得ないと言える。
だが、朝霞が狙われているのは八部衆であり、おまけに今回の一件の経緯から、アナテマが絡んで来る可能性もある。故に、用心し過ぎるに越した事は無いと、朝霞は考えた。
「遠慮しておくよ」
オルガの申し出を断る理由を、朝霞は簡潔に説明する。
「そっちの組織を信頼しない訳じゃないが、八部衆といいアナテマといい、今回の一件に関わってる連中のレベルは、まともじゃない。だから、情報は可能な限り、広げない方が良いと思うんだ」
朝霞の返答に、トリグラフの三人は納得したかの様に頷く。圧倒的な戦闘力を見せ付けた八部衆だけでなく、トリグラフからすれば完全に騙された形になるアナテマも、今回の一件には関わっている。
朝霞生存の情報は、可能な限り広めない方がいいと言う朝霞の意見は、トリグラフの三人にとって、説得力があったのだ。




